第一一話 出任せは言うもんじゃない、でも言ってしまう

 牛を取り押さえた兵の一人が馴れ馴れしく私に近づいて来た。首を傾げていると向こうから話を切り出される。


「俺を忘れてしまったんですか!」


 大人なのにやけに腰が低い人だな。あれ? 前にもこんな感じの大人と会ったような……。


「あ! 思い出しました!」


 私は左手のひらを右拳でポンッと叩いて兵の正体を思い出した。彼は以前、程全ていぜんが攫われた時に出会った賊の一人である。賊にしては滅茶苦茶気の良い人だったので思い出しやすかった。ちなみに私が持っている短剣は彼から貰ったものだ。


「その節はどうもです!」


「県の兵になったんですね」


がん県尉けんいに取り立ててもらってな!」


 討伐した賊を兵として吸収するのは良くある事だ。実際に魏国を礎を築いた曹操そうそう青洲せいしゅうの黄巾賊を討伐し、精鋭として三〇万人を自軍に編入させたという。彼らは各地で目覚ましい戦いぶりをし青洲兵として恐れられていた。


 賊を兵にするメリットは纏まった兵力を手に入れられる事、募兵と修練する時に掛かる費用や時間を削減出来る事。デメリットは味方から略奪を働いたり、隙をみて独立しようとする可能性がある事だ。彼らを統率するには相当なリーダーシップが必要だ。


「自己紹介がまだでしたな! 俺、周琳しゅうりんって名だ!」


「わざわざご丁寧にありがとうございます」


「いいって事よ!」


 と言って彼は去っていった。相変わらず良い人だな! ほんと、なんで賊なんかやってたんだ。生活苦からやむなく賊と化したのかな? だとしたら兵になれて良かったな周琳。


 横に居た田疇でんちゅうが私の肩を叩く。


「ん?」


「これ」


 田疇は私が牛に投げつけた短剣を手渡してくれた。周琳と話している間に牛から抜き取ってくれたのだろう。


「ありがとうございます!」


田豫でんよ殿に聞きたいのだが」


「なんでしょうか」


「剣術でも習っているのか?」


 難しい質問だな。程全に木剣持たされて、よく剣戟の飯事ままごとに付き合わされているけど、剣術を習ってるとは言わないよな。短剣の投擲技術は我流だしな……。


「いえ、友人と少々、お遊び程度にやっていまして」


「そうか、自分ちょっと剣術を嗜んでるんだ。だから同い年ぐらいの相手が欲しくてだな」


「それなら県長の息子と仲良くなるといいですよ」


「何故だ?」


 よし、程全の剣の腕を誇張して伝えてやろう。そして、田疇を程全に押し付けよう! 完璧な作戦だ!


てい県長けんちょうの息子は程全というんですけど、彼は天下無双の剣使いになると期待されているんですよ。将来は軍神と呼ばれるかもしれません」


「そんな人が居るのか! ありがとう!」


 そんな人はいないよ。


「いえいえ、礼には及びません」


「では、叔父殿の家に戻る」


「また会いましょう」


「ええ」


 私は田疇と別れた。にしても牛に追われるとは。とんだ災難だ。その後、私は家に帰っていつも通り学問を積み、武術の修練に励んだ。


 ある日、程全の家に行くと田疇が居た。十中八九、私の話を鵜呑みにして程全に剣で勝負しに来たんだろう。程全は喜んで勝負を受けていた。そして、何故か私が立会人となった。


 中庭で二人は木剣を持って向かい合い。私は二人の間に立って合図をする。


「始め!」


 と言い、直ぐに場を離れて家の壁を背にして立った。


「うおおおおおおお!」


 程全は叫びながら、田疇に向かって走って行った。あいつは何を思って鬼気迫ってるんだ。玉砕覚悟か。


 程全の隙だらけの突進に田疇は怪訝そうな顔をした。彼はチラっと私の顔を一瞬見る。もしかして突進だけで私の出任せがばれたのか?

 

 私の心配を余所に田疇は程全の一振りを受け止めた! 様子を見ているのか田疇は後退りしながら程全の猛攻を受け止め続ける! そして相手の一振りを受け流す!


「うわっ!」


 程全はよろめきそうになるも、なんとか態勢を整えた。


「では次は自分からいくぞ!」


 そう言うと今度は田疇が程全に対し猛攻を続ける。程全は防御するも幾度も木剣を弾かれ手から落としそうになる! 田疇は程全と違ってしっかりと体重を掛けて攻撃しているのが太刀筋で分かる。


 にしてもここまで実力差が出るとは思わなかった。田疇ってこんなに強かったけ? そういえば、彼に関する文献に剣術が巧みだったって書いてたような……。すっかり忘れてた。マイナー武将だからね、仕方ない。


 いつの間にか程全の手に木剣が無かった。恐らく、田疇の猛攻に耐えきれず落としたのだろう。田疇は木剣の先を相手に突き立てていた。勝負はついたようだ。


「凄いなお前は!」


「それほどでも」


 田疇は謙遜していたが確かに凄い。私は思わず拍手していた。すると田疇が私に近付いてきた。なんだろう?


「では田豫、お手合わせ願えるか?」


「はは……御冗談を」


 私は乾いた笑いを出した後に相手の誘いを退けたつもりだったが。


「出任せを言った詫び代わりだとしても?」

 

 ば、ばれてた! さすがに程全が天下無双だの軍神だのは言い過ぎたか。仕方ない。


「分かりました勝負しましょう」


 私は相手の誘いに乗るしかなかった罪悪感故に! ただ技術面に差があり過ぎて全く勝てる気がしない! 自業自得だが、やるしかないか。私は出任せを言った日の自分を恨んだ。

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