第一〇話 知らず知らずのうちに広がる交友関係
一七七年。春も過ぎた頃、私は七歳となっていた。黄巾の乱勃発まで後七年だ。黄巾党の最高指導者――太平道の教祖である
これから起きる出来事を危惧しながら私は右手で弓を引いて、家の裏にある、木の枝からぶら下げている的に向けて矢を放った。矢は一〇メートル離れた的に当たらず木に当たって跳ね返った。跳ね返ったのは矢の先に
私の持っている弓は今の背丈に合わせて作られたものであり、
顔仁曰く、牛の角と馬の腱を木に張り合わせて作られており、これを合成弓と言う。合成弓は柔軟性と強靭性のある素材を組み合わせる事で長弓ほどの大きさが無くても強烈な張力と威力を生み出す事が出来るのだ。
私は足元に置いている矢を拾い、右手を弓の弦に添える。そして、的に向けて矢を放ち続けた。
「難しい……」
悲しくも全て的から外れた。全然当たらない、ポンコツもいい所だ。というか弓を引くだけで精一杯だ。根本的に膂力が足りない。
もう少し力を抜いて弓を小さく引く……そして、余裕を持って矢を放つ! 放たれた矢は多少、ぶれたが的に向かって飛んで行ってる! よし! グッジョッブ!
「……は?」
私は唖然とした。矢が的に当たる直前に横から現れた
「よっしゃ! 見たか
何やってくれてんだあああああ! そもそも力を抜いて放った矢だからな、叩き落とせて当然……いや案外凄いかも知れん。
とりあえず、私は程全の足元に矢を放った。すると何故か上手い事、程全の足元近くの地面に矢が当たった。私はもしかしたら恨みで集中力が増すタイプの人間かも知れない。
「なんの真似だ!」
「手が滑りました」
「嘘付け! 思いっきり狙ってただろ!」
「また手が滑ります」
「予告⁉」
私は再び程全に向けて矢を放とうとしたが、
「ぐうぇ!」
脳天に強い衝撃が加わる! 後ろを振り向くと顔仁が居た。どうやら彼が私の頭を殴ったらしい。
「全く、おめえの親父さんと話してる間に何やってんだ」
「すみません」
弁明のしようがなかったので私は素直に謝った。その後、「謝る相手は、程全の坊主だ」と言われた。とりあえず程全に謝ると「許してやるよ!」という尊大な態度を取ってきた。なんだこいつ。
今日は珍しく程全が家に来て、たまたま見回りをしていた顔仁が家に寄っていたのだ。顔仁は仕事に戻ると言って去っていき、程全は晩御飯を食べに帰っていった。
私も晩御飯を食べに家に戻ると再び唖然とする出来事が起きたのであった。
「父上……もしかして」
「……その、もしかしてじゃ」
食卓にあるのは漬物オンリー。どれだけ食べるものが無くても穀物と漬物はあったのだ。今はその穀物すらない! 恐らく米が無くなったのだろう。
私は溜息をついた。米が育ちにくい地域で米を作るからだ。簡単に危惧出来た事である。
重々しい空気の中、母親が慌てながら玄関を開けて居間に来る。
「お前さん達、貰ってきたよ」
と言う母親の持つ食器の上には穀物の一つである
「「おおおおおおお!」」
私と父親は膝まづいて歓喜し感謝した。母親は「大袈裟だね」と笑い飛ばす。ともかく、家の食糧事情を解決する為に今後は粟を栽培する事になった。粟の種まきの時期は丁度、今頃。五月から六月頃である。また、忙しくなりそうだ。
私の両親は農民である。この時代の農民は豪族の所有地拡大、また、気候の寒冷化や災害の頻発によって土地を失っている。その影響で多くの農民は流亡又は豪族の支配下に置かれた。しかし、私の両親や近辺の農民達は奇跡的に畑を共同で所有し、農民社会を形成している稀有な場所であった。清廉な雍奴県の役人達の働きのおかげであると考えられる。また、近辺の豪族が清廉の士である事も考えられた。
何にしろ、この時代にしては恵まれている。正直、農作業は面倒だが体力作りの一環として、そして食糧確保の為に気合入れてやるか!
それから、共有の農地で農作業する日々が続いた。私達は土が乾いていた為、
私は書物を読んだり、鍛錬する時間を作る為、早めに農作業を切り上げていた。もちろん両親のお墨付きだ。
そんなある日、私は何時も通り、農作業を終えて帰路についていたのが、
「…………」
私は民家と民家の間に居る何かと目を合わせていた。そしてその何かは『モォォォォ!』と鳴きだし、頭部の二本の角を光らせて私に向かってきた!
「うわああああああああああ!」
当然、私は全力で逃げ出した! あれは! 例の逃げ出した牛か! 発育良すぎだろ、一八〇センチぐらいあるぞ! 今、腰に短剣を携えているけど確実に攻撃する前に突進されてお陀仏だ。
後ろを振り向くと牛は未だに追いかけてきていた! 走っていると、人々の悲鳴や叫び声が耳に届く。
「頑張れ坊主!」
「あの牛美味しそう!」
中には呑気な事を言ってる人も居た。この牛ごと君達の家に突っ込んでやろうか。
「あれは田家の子じゃないか?」
「どうでもよくない?」
「確かに」
うおい! 他人事か! いや、他人事で合ってるか。
気付くと私は町のど真ん中を走っていた。そして目の前には同い年ぐらいの男の子が居た。
「なっ! 来るんじゃない!」
「止まれません!」
と言って私はその男の子を巻き込んで逃げ始めた。
「な、何てことしてくれたんだ!」
「本当に止まれなかったんですよ!」
「自分は次の十字路で横に逃げるので!」
男の子は宣言通り、十字路で横に逃げようとすると何故か牛が男の子の方に着いて行った。
よし! やった! じゃなかった。間違えた、あの男の子が危ない!
私は牛と並走して腰に携えている短剣を耳の後ろの辺りで構えて投げようとした。この短剣は以前、賊から貰った撃剣で用いる様な剣である。撃剣には遠くの敵に剣を投げ当てたりする技がある。なので私は弓術の他に我流で短剣を的に投げて練習していた。
今こそ、修行の見せるんだ! 距離も遠くない! 行ける!
「頼む! 当たってくれ!」
私は牛の瞳に目掛けて短剣を放った! しかし惜しくも目元に短剣が刺さる!
「……ん?」
致命傷にはならなかったが牛は立ち止まってくれた様だ。そして、牛は私を見る。もしかして、また標的にされた? と思っていると雍奴県の兵が集まり牛を取り押さえていった。どうやら助かったようだ。
「はぁ、助かった……」
私が尻餅をついて安心すると、先程出会った男の子が寄ってきた。
「あ、ありがとう」
「いえ、私のせいで巻き込んでしまったのですから」
「名前を聞いてもいいか?」
「私は田豫です!」
「おお、同じ姓ではないか。自分は
「!」
その名前は知っているぞ。まさしく私と同じ、マイナー武将の一人じゃないか! 確か、田疇は一六九年生まれだから。一歳年上の八歳か。転生して七年経ったが三国時代で名を残した武将に出会うのはこれが初めてだ。
田疇は
……なんか一歩間違えたら第二の張角になりそうな奴だな。とりあえず友好的に振舞うか。
「同じ姓同士仲良くしましょう」
「おお、そうだな。自分は今、親と一緒に叔父殿の家で泊っている。そう長くは
「ええ、宜しくです」
私達は握手をした。すると聞き覚えのある声がする。
「参謀殿! この剣使ってくれてたんだな!」
声の主を探そうとすると牛を取り押さえた兵の一人が近づいて来るのに気付いた。はて? 何処かで出会ったのだろうか? 私は疑問に思いながら、その兵と向き合った。
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