第一七一話 『武の世』の強みと『仁の世』の弱み
私、
地面の下からは人――黄巾賊であろう者たちの声が聞こえる。
今から下にいる賊達を成敗する予定だ。
三国志を知っている者達からすれば豪華な顔触れだ。私と黄龍は名前負けしている。
「なんだ?」
「いいえ、何でもないです」
私の視線に気付いた黄龍は訝し気だったので慌てて首を横に振った。すると、私の横にいる曹操が口を開く。
「
「ええ、火打ち石を持ってきています」
「貸してくれ」
私は懐に仕舞っていた火打ち石の道具と帯に差している松明を渡した。曹操は松明を地面に置き、手際よく鋼鉄片と石英を打ち合わせて火花を散らす。私は松明の先端に油を塗っておいたので散った火花によって松明にすぐに火が灯った。
曹操は少し慌てながら松明を手に取り、
「そぉい!!」
いきなり松明を私達が囲んでいる地面の中心辺りにぶん投げていた。それを目の当たりにした私達は目を丸くしながら思わず背中を反らすが、
「安心せい、わし達のところまでに火は燃え広がらん。大方、地表を丸太か木板で支えて中に空洞を作っているはずだ。火がこちらにくる前に木に燃え移って底に落ちる」
曹操の言葉で安堵したので体勢を整えた。
火は地面に生えた草に燃え広がったことで地表の下が見えた。曹操の言う通り、地表の下には丸太があった。丸太を網目状になるように組み合わせて地面を支えていたようだ。
もはや、地面の下に隠れているであろう黄巾賊の声は筒抜けだった。
「なんでバレちまったんだ!」
「そ、そんなことより燃えた木が落ちてくるぞおおお!」
次いで丸太が燃え始め、穴の底に燃えた木の一部が次々へと落ちていく、
「ぐあああああ!」「熱いっ! 熱いっ!」
やはり、穴の底にいたのは黄巾賊だった。頭に黄色の頭巾を巻いているのが良い証拠だ。
穴の中には三〇人程の賊がおり、梯子で地上に上がろうとしていたが、
「
「はいよ!」
曹操の迅速な指示によって、夏侯淵は梯子を上ろうとした黄巾賊を矢で次々に射抜く、
「
その間に劉備が曹操に恐る恐る話しかけていた。
「申してみるがよい」
「地面の下にいるのが黄巾賊という確信は持っていたのでしょうか?」
「ふふふ、黄巾賊以外に誰がこんなところに隠れようか?」
曹操は可笑しそうに劉備を見た後、逡巡して口を開く。
「先程の質問に答えよう、確信はない。黄巾賊がいると踏んだから攻めた」
「例えば、たまたまここに民が隠れていたと考慮してもか」
「ああ、そうだ」
曹操はキッパリと言い放っていた。
劉備が言ったことは私も懸念していたことだ。劉備も十中八九、黄巾賊がいるとは思っているだろうが無関係な人間がいるかもしれないという不安が僅かにあったのだろう。
しかし、曹操はそんなことをお構いなしにいきなり火を付けた。この判断力と豪胆さがあったからこそ、天下を号令できる立場を手に入れることができたのだろう。
二人の話を聞きながら穴の様子を確認すると、夏侯淵の弓矢によって、黄巾賊は片手で数えられるほどしか残っていなかった。
私は引き続き二人の話を聞く、
「『仁の世』を作りたいと言ってたな、劉備と田豫は」
名前を呼ばれたので劉備と共に曹操の方を向く。
「そのような甘いことを考えていれば、いずれ戦っている相手に出し抜かれるであろう。ここにわしがいなければお主らは念のために穴の下を確認するという手順を踏んでいたはずだ。わしからすれば無駄なことだ」
確かにそうだ。彼の言う通り、穴の下を確認していたはずだ。曹操が言いたいのは確認している間に敵に悟られて裏を掻かれてしまう可能性があるかもしれないということだ。
今度は私が曹操に質問する。
「では曹操殿は民家や森に敵か民か分からない者が潜んだとしても躊躇なく亡き者にするということですか」
「そうだ。お主たちの『仁の世』に対して、わしは『武の世』を提示しよう。力こそが抑止力。残虐、暴虐と言われようが力を誇示することで民を抑えつけ平和を維持できる」
彼の言い分は間違っていないのだろう。二十一世紀の世界は核という強力無比な兵器があるからこそ平和が生まれた。力があるからこそ世界大戦が起きなかった。その核を恐れるが故に。
私と劉備は以前同様、曹操に反論することはできなかった。
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