第一七二話 未来の英雄達との共演といきましょうか

 劉備りゅうび曹操そうそうと話している間、夏侯淵かこうえんによって穴に隠れていた黄巾賊はもう一人しか生き残っていなかった。


「ありゃ! 矢がなくなった」


 敵を射抜いていた夏侯淵は背負っている矢筒が空になったことに気付き、後頭部を掻いていた。


「なら、俺が下りて止めを刺そうか」


 夏侯惇かこうとんが穴に飛び込もうとしたが、


「むっ!」


 曹操は生き残った黄巾賊を見て声を上げたので夏侯惇かこうとんは足を止めていた。


 私達もその黄巾賊を注視する。


 焦燥した黄巾賊は急いで穴の底の土に手を突っ込んで何かを取り出していた。


「はぁ……はぁ……!」


 息を乱しながら彼が取り出したのは――


「「「――銅鑼!」」」


 私含めて地上にいる者達は皆、彼が取り出した物の名前を言っていた。


蒼天そうてんすでに死す! 黄天こうてんまさにたつべし! うおおおおおお! ぐあっ……」


 残った黄巾賊は漢王朝(蒼天)は既に死に太平道(黄天)が天下を支配するという意味のスローガンを口にしたあと、気合を吐いて銅鑼に頭をぶつけた。


 バァァァァァァン!


 賊が気絶すると同時に銅鑼の音が響いた。


 すると、遠く離れた地面が急に盛り上がる。それも一か所じゃなく、数十箇所もだ。


 そして、盛り上がった地面から黄色の頭巾を巻いた男――黄巾賊が出てきた。地面の下に隠れていた伏兵は他の場所にもいたということだ。


雲長うんちょう翼徳よくとく! 武器を構えろ! 黄龍こうりゅうは野営地に戻って援軍を!」


 劉備は関羽かんう張飛ちょうひ黄龍こうりゅうに指示する。


 劉備、関羽、張飛はそれぞれ、剣、大刀、矛を持って辺りを警戒し、黄龍は急いで斜面を下りて低地へと向かった。


元譲げんじょう、武器は持っているな?」


「ああ――」


 曹操は腰に吊り下げてある二丁の剣を抜き身の状態にする。彼に応じるように夏侯惇は小気味よく返事をした後、長さ三〇寸(九〇センチ)の環首刀かんしゅとう(柄の先端に刀環とうかんと呼ばれるリングが付いた刀)を持っていた


「俺、弓矢以外持ってきてないや」


 一方、夏侯淵は予想外なことを口走っていた。


「しっかいせい」


 曹操は夏侯淵を注意したあと、二丁のうち一丁の剣を渡した。


「兄者、後退して野営地に戻るという選択をしたほうがいいのでは?」


 関羽は一つの提案を劉備にした。


「雲長、それを余にさせてしまうほど、そなた達は弱いか?」


「それもそうか……ふふっ」


 関羽は劉備の言葉にニヤリと笑った。


劉兄りゅうにいの言う通りだぜ! こいつら相手に退く状況じゃねぇ!」


 張飛は地面を右足で強く踏んで、矛の切っ先を黄巾賊達に向けた。


 敵の数は数百はいそうだ。仮に野営地で装備を外して寝ているところを襲われていたら数万の軍勢とはいえ混乱に陥ったのかもしれない。


 だが現状、私達は敵の伏兵に気付いた上、ここは野営地からそう遠く離れていない。少しだけ持ちこたえれば官軍が黄巾賊の奇襲部隊を濁流のように呑み込むだろう。


 私は後ろ越しにある直刀を抜きながら、黄巾賊達を見据える。


 状況を今一度、整理するか。


 今、私は張角ちょうかくのいる下曲陽かきょくようの方向――北を向いている。そして、その北方向と西方向から数百人の黄巾賊が銅鑼に勘付いて慌てるように攻めて来ていた。ちなみに東方向に斜面があり、野営地がある。


「さて、未来の英雄達と共演しますか」


 私は小声で喋りながら愛刀を抜刀した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る