第一七六話 何気にこういう地味な作業は久々だ

 私達、官軍は強行して明日の朝までに張角ちょうかくのいる下曲陽城かきょくようじょうへと行軍することになった。


 私や劉備りゅうびが率いる軍は兵糧を運搬することになった。恐らく、明日の朝には緒戦しょせんが始まるだろう。張飛は前線に立ちたかったらしくずっと不満そうにしていた。


 先陣は孫堅そんけんが切るし、今の盧植ろしょくの下には客分として徐晃じょこうがいるので戦力的には緒戦は問題ないだろう。


 今回、兵糧を管理している場所は先日、いくさがあった南下曲陽城みなみかきょくようじょうだ。廃城だったので城の名前は私が適当に付けた。


 兵糧は馬車一両当たり二五ごく運搬しており、馬車は二五〇両が用意されている。さらに五石運搬できる人力で引く荷車が一〇〇両用意されている。


 つまり、六七五〇石を廃城から戦場へと運搬することができる。ちなみに漢代は一石当たり約三一キロなので、今回は約二一万キロの兵糧を一度に運搬することになる。


二一万キロと聞くと非常に多いと感じるが一万人の兵を一日養うには四五〇〇キロ必要である。官軍五万五千人を一日養うには二万四七五〇キロ必要であり、一回の運搬で八日半しか食料が持たない。

 

 兵糧が無くなれば兵士の力は出ず、撤退もしくは敗北してしまうような状況になるので兵糧を遂次、補給しなければならない。


 兵糧庫と兵糧までの経路を維持しなければ勝てるいくさにも勝てないわけだ。


 今、私は無言で兵糧を運んでいる馬の手綱を引いていた。夜なので辺りは兵士が持っている松明によって照らされていた。張飛や関羽かうんのように力のあるものは五石(約一五五キロ)の兵糧を載せれる荷車を難無く運んでいた。


「なぁ、田豫でんよ!」


「なんですか程全ていぜん


 荷車で兵糧を運んでいる程全がいきなり話しかけてきた。


「いやお前も力あるし荷車引いて兵糧運んだ方がいいんじゃないのか」


 余計なことを言い出すな。


 同年代の平均以上の力がある程度で、いつも脳によって制限されてる筋肉の出力を開放しているだけだ。兵糧を運んでる間、筋力の制限を解除してたら戦場に着いた頃に戦えなくなってしまうんだよ。


「馬も扱えますし、どっちでもいいでしょう」


 私は曖昧な返事をする。すると、今度は程全とは反対側にいる呼銀こぎんが話しかけてくる。彼は私同様、馬に兵糧を運ばせていた。


「遠慮しちゃってよ」


「いやいや、遠慮とかじゃないですが」


 こっちにも事情があるんだよ。


「見ろよ田豫」


 呼銀は顎で少し離れたところにいる呼雪こせつを差す。


「ええっ、なんでせつが兵糧運んでるんですか。彼女は馬扱えるのに」


「単に馬がもう空いてないってだけだ。俺も何もせずについてこいとは言ったんだけど何かしたいらしくて」


「実の兄である呼銀が代わったらいいとは思うんですが」


 私が怪訝そうな顔をすると程全が揶揄うような声を出す。

 

「うわ~、あれだけ仲良くしてた幼気な女の子を見捨てるんだ」


「人聞きわるっ!」


 私は思わず程全に突っ込んでしまった。


「くっ……致し方ない」


「え、田豫?」


 私は悔し気な声を出しながらその場から離れ、呼雪と下へと向かった。


「あっ! 田兄でんにい!」


せつ、無理しなくていいですよ。荷車は私が引くので君は馬を引いてください」


「いいの? ありがと、普通にしんどかった!」


「でしょうね」


 君が頑張って引いてる荷車には約一五五キロの兵糧が載ってるからね。


 呼雪は嬉しそうに私が引いてた馬の下へと向かうと、


「いよっ! さすが俺の幼馴染だ!」


「漢気みせたな田豫」


 程全と呼銀が大きな声を出して冷やかしてきた。


 なんだあいつら。


 まあ、この戦時でもいつものノリを出せるのはいいことだ。精神的に安定してるということになる。


 そんなことを思いながら私は兵糧をせっせと運んでいた。

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