第一七五話 いざ、下曲陽城へ向かうわけだけど兵糧大丈夫そ?

 私、劉備りゅうび関羽かんう張飛ちょうひ曹操そうそう夏侯惇かこうとん夏侯淵かこうえんの七人は今いる高台へと駆けつけてくれた援軍と入れ替わるように後退した。


 援軍は敗走する黄巾賊を追うようだ。


「……ん」


 私は官軍の中に入って駆け抜けていると、曹操と目が合う。彼の近くにいる夏侯惇と夏侯淵も私を見ている。皆、目を見張っていた。


「ど、どうかしましたか?」


 私は恐る恐る、曹操に尋ねてみた。


「お主が強いという噂は聞いていたが、弓術と体型からは予想ができないほどの膂力りょりょくに感服している」


 なるほど、畏怖と感嘆交じりの視線だったわけだ。


 あと、夏侯淵がなんか私の腕の筋肉を確かめるように触ってきたぞ。


「オレがオマエぐらいの年の頃はあそこまで武芸に優れなかったな~、確かに筋肉質だがまだほっそちい体でどうやってあんな力出してんだ?」


 夏侯淵は不思議そうにしていると曹操が口を開く。


えんよ、規律は守ってくれぬか。田豫でんよはこう見えても将軍麾下きか佐軍司馬さぐんしばだ」


「おおっと、そうだったな! 俺みたいな雑兵と違ってちゃんとした一部将だったな」


 曹操に注意された夏侯淵は申し訳なさそうにしていた。


「いえいえとんでもないですよ」


 私は謙遜しながら満更でもなさそうに笑ってしまっていた。


 でも、そうか……今の夏侯淵と夏侯惇は二〇代で雑兵に過ぎない立場なのか。そう考えると、一〇代でここまで成り上がった時点で成功を収めているのかもしれない。この乱世を生き延びられたらの話だが。


 私は首を振って気を取り直す。とにかく先のことを考えるのは黄巾賊を討伐してからだ。


 私達は黄巾賊を追う官軍とは逆方向に走り続け、官軍の集団から抜け出す。いつの間にかはぐれた劉備、関羽、張飛とも、そこで鉢合わせた。


 騎都尉きとい(皇帝直属の武官)である曹操、一部将である劉備りゅうびと私が話し合い、将軍である皇甫嵩こうほすう盧植ろしょくの指示を仰ぐために曹操と劉備が二人の下へと向かうことになった。


 今の軍は大まかに分けると曹操らを含む皇甫嵩軍。


 私と劉備ら含む盧植軍。


 そして、将軍である朱儁しゅしゅんから派遣されてきた孫堅そんけん軍。


 三つの軍に分かれている。私達は当然、盧植の指示を聞くことになる。


 しばらく、張飛、関羽らと共に劉備を待つことになった。


「そういえば孫別司馬そんべつぶしばはどこにいるのでしょうか?」


 今、劉備と曹操が向かった幕舎には盧植と皇甫嵩と彼らの部下が数人いるだけだ。孫堅はいないらしい。


 私の言葉に関羽が応じる。


「あやつは前線に立って兵をまとめているらしいぞ」


「はは……戦う気満々ですね」


 私は乾いた笑い声を出す。今から野営する予定だったのが伏兵の発見によってこのまま攻めに行くか、周辺を警戒しつつ野営をするかの二つの選択に分かれるはずだ。しかし、孫堅が盧植らと話し合う前に前線に立つとは……噂通り彼は血気盛んではあるが、だからこそ先陣を任せられる人物なのかもしれない。


「兄者が戻ってきたな」


 関羽の視線の先を見ると劉備と曹操が幕舎から出てきた。劉備は私達に近寄りながら口を開く。


雲長うんちょう翼徳よくとく、田豫、このまま黄巾賊の本拠地に向かうことになった。そこで余達は一旦、兵糧を輸送する役割を担うことになった」


 劉備の発言で張飛が目を丸くする。


「お、俺様達が飯運びだと!?」


 彼は不服そうだ。私はとりあえず、状況を分析しながら喋ることにする。


「そもそも、ここから敵の本拠地である下曲陽かきょくようは二五里(約一〇キロ)しか離れてないので敵の伏兵が近くにいた以上、攻める方に切り替えたわけですね。そのうえ急遽、総勢五万五千の軍勢を動員するためには腕が立つものも兵站へいたん部隊にならざる得ないわけだ」


 私の言葉に劉備は頷く。


 なにも軍隊は剣を持つものだけでは成り立たない。そもそも、下級の兵士には敵の大将を一対一の戦いで討ち取ることは期待されておらず、先陣に立って敵に真正面からぶつかること、騎兵を取り囲んで四方からいっせいに攻めかかったり、兵糧の運搬、替えの馬を引くことなど様々な役割が求められるので急に兵糧を運ばされるのは何も珍しいことではないと思う。


 にしても、兵糧は何ヶ月分あるのだろうか。この大軍を何ヶ月養えるのかが不安ではある。

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