第一四九話 最終決戦の前哨戦? 南下曲陽城の戦い

 時刻は羊の刻の初刻(一三時)。


 私達は黄巾賊の大方だいほうがいる朽ちた城を攻め始めた。盧植と劉備は二万ずつの軍勢を率いて、それぞれ西門、東門へと兵士を攻めさせることになっている。


 今から攻める城は未来の文献にもない城だ。なんでも元々、ここに県城を建てる予定だったらしいが開発途中で捨て置かれたらしい。この城は目的地である下曲陽かきょくようから五〇里(二〇キロ)程、南下したところにある。仮の名前として、この城を南下曲陽城と名付けよう。


 私は愛馬である『白来はくらい』に乗馬しており、後陣から太鼓をドンッ! ドンッ! と二回叩く合図が聞こえた。これは全軍突撃の合図だ。


 先陣を切る私は義勇兵含む五〇〇〇人の手勢を率いていた。


 今回の戦術は、まず兵士に大声を出させて西門に近づけさせ、突撃させるフリをさせる。すると、敵がそれにつられて門付近に移動するので、その間に手薄になった城壁に雲梯うんてい(梯子の攻城兵器)を寄せて城内に攻め込む計略だ。いわゆる陽動作戦だ。


「も、門から敵が飛び出してきましたぁぁぁぁ!」


 前列にいた官兵かんぺいが兵を手でかきのけて私の前へと来た。他にも数人の兵が逃げるようにこちらに来ていた。


 いきなり戦術が崩れちゃったよ。


 ちょっと頭痛くなってきたところに追い討ちをかけるように馬鹿でかい声が戦場で響く。


田豫でんよおおおおおオオオオオオ‼‼‼」


「うるさ、この声は閻柔えんじゅうか」


 彼は無意味に私の名前を呼んだりはしないので何かを伝えようとしているはずだ。というかこれで「やっぱなんでもないや!」とか言われたら、さすがの私も飛び蹴りをかましたくなる。


「なんですかああ!」


 私も負けじと大声を出した。


 すると前方にいる兵の中から手を上げてぴょんぴょんと跳ぶ男――閻柔がいた。


「今回、敵は正真正銘、『火牛の計』を使ってきてる‼ 前回みたいに逃走のために牛を使っていない! 攻めるために使っている!」


 彼の言葉で全てを把握した。


 本来の『火牛の計』通り、牛の角に刃を縛り、尾に火をつけることで、数多の牛を無理やり走らせて私達の包囲網を解こうとしているのだろう。


 しかし、今回は全兵に火牛の計を行使された際は陽燧ようすい(太陽光を集めて物を燃やす道具)で火を起こして牛を追い払うことを伝達してある。


「皆さん、分かっているとは思いますが退却しながら、矢でも布の一部でも何でもいいので物を燃やして牛が近づいてきたら振り回してください!」


 少々、焦りながら指示を下しつつ、私は矢筒から矢を三本取り出して束ねる。それから、陽燧の凸面で太陽光が集まってる部分に矢筈やはず(矢の端)を当てる。


 すぐに煙が立ち、矢筈が燃えた。


「あの一本だけ矢を下さい」


「え、ああいいですよ」


 僕は戸惑いながら横にいる顔見知りの義勇兵に燃やした矢を一本あげた。心許ないから三本束ねて燃やしたんだけど。全員が全員、陽燧を持っているわけじゃないから仕方ない。ここは指揮官の一人として寛大な心で許してあげよう。


田兄でんにい、セツも欲しい」


 背後から乗馬している呼雪こせつも燃えた矢をねだってきた。


「はい、どうぞ」


「ありがとっ」


 流石に幼気な女の子の頼みを断る私じゃない。ここは気前よく矢をあげた。


「田豫、俺も欲しい!」


 意気揚々と私の前に現れた程全ていぜんがそんなことを言った。


 一本しかないんですけど。わざと言ってる?


「やれやれ」


「さすが気前いいな!」


 私は指揮官として燃えた矢を渡し、再び三本の矢を燃やした。


「よし、皆さん行きましょう! 火をかざすのです!」


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」


 私達は燃えた物を持ってヒステリー気味に迫ってくる数多の牛を追い払い続けた。


『ブモオオオオオッ!』

 

 火を避けるように走り回る牛同士はぶつかり、角に備えられた刃が刺さり合っていた。

 

 こうして無暗に死んでいく動物を見ると虚しくなる。これが世の常と言えばそれまでだが。


 後で牛を供養しつつ、生きる糧として有難く頂こう。どんな動物も無駄にするわけにはいかない。これは幼少の頃から顔仁がんじんと共に狩猟してきて培った価値観だ。命を食らって生きる、自分が強くなり、守りたい世界を守るために。


 絵空事でおめでたいと言われるかもしれないが人々と社会が腐敗しない理想の世界――仁の世を作るんだ。それが私の願いであり、劉備との誓いなのだから。

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