第一四八話 最近、歳相応な中二病になった気がする

 私と劉備りゅうび盧植ろしょくの口から今回採る戦術について聞いていた。


「挟撃ですか」


 私は盧植の言ったことをそっくりそのまま返した。


「うむ。わしとでんが城の西から、そして玄徳げんとくは東から攻めるがよい」


 盧植はこくりと頷いたあと、私達が取り囲んでいる木製の卓の上に置かれた地図に目を向けた。


 地図には簡略的に城内の構図が描かれていた。四方を取り囲む城壁、城内中央には朽ちた宮殿があり、その周囲には人の住まなくなった居住区がある。


 盧植は西と東にある城門を順に指差した。


「いわゆる力攻めだがこちらには雲梯うんてい(梯子の攻城兵器)がある、それにここに来るまで幾つか黄巾賊の拠点を潰したのはなぜか分かるな?」


「「補給経路を絶つためです」」


 私と劉備は同時に口を開いていた。


「その通り。力攻めせずともやつらは食料不足になる前に打って出る可能性も高いだろう」


 この地に来るまで私達は至るところにある黄巾賊の拠点を潰すために右往左往しながら進軍している。敵の食料の供給を絶つためだと途中まで気づかず、盧植が異常に黄巾賊を嫌っているのかと勘違いしていた。


「そしてこの地を拠点にして下曲陽かきょくよう県城けんじょうへと向かう。援軍がくる話は聞いているな」


 盧植の言葉に私と劉備は頷いたあと、盧植は満足そうに言葉を紡ぐ。


「わしと同じように中郎将ちゅうろうしょう(将軍職)に任命された皇甫嵩こうほすう殿と朱儁しゅしゅん殿がこちらに増援を出してくれることになっている。皇甫嵩殿に関しては自ら軍を率いてこちらに来ると聞いておるわい」


 皇甫嵩が戦っているのは南方の中央にある地方――荊州けいしゅうの黄巾賊。朱儁が戦っているのは都である洛陽らくようがある地方――豫洲よしゅうの黄巾賊。これに関しては史実通りだ。


 どうやら広宗こうそう城で張角ちょうかくを敗走させたことで各地にいる黄巾賊の攻勢が緩まったらしい。そこで皇甫嵩は兵力の三分の一を割いて直々にこちらへと来てくれるらしい。朱儁のいる豫洲には黄巾賊の主力が集っているため、さすがに将軍直々には来れないとのこと。


 豫洲には洛陽らくようがあるので無理もない。都が落とされれば張角に皇位を簒奪されてしまう。


 劉備が挙手すると、盧植は顎で彼を差し、話しを促す。


先生、援軍はいつこられるのでしょうか」


「皇甫嵩殿は数日後と聞いたな。だが朱儁殿が差し出した援軍はもうすぐ来る頃だわい」


 朱儁が派遣した援軍か……一体誰が来てくれるのだろうか。


 その後、二人と共に兵の運用から敵の動きによる対応の変化について話し合い。幕舎を出た。


 今の私は佐軍司馬さぐんしばという地位を得て、盧植の一部将としての扱いを受けているが、義勇軍として行動していた者達は基本的に私に従ってくれるので時折、軍を率いて先陣を切ることもある。今回も私は義勇兵を率いて先陣を切ることになった。


 一刻(一五分)後。


 その辺に転がっている大石に座って開戦の時を待っていると、土を踏む幾つかの音が聞こえる。


 顔を上げると見知った顔の人達がいた。


 幽州出身の幼馴染――程全ていぜん田疇でんちゅう閻柔えんじゅう。 


 異民族出身の兄妹けいまい――呼銀こぎん呼雪こせつ


 異民族の文化と言葉に通じ兵站管理をしてもらってる夏舎かしゃ


 戦術に通じ、私が率いる軍の参謀役となっている斉周せいしゅう


 義勇軍の中でも交流を深めてきた七人の戦友だ。


「皆どうしたんですか?」


 立ち上がって七人と向かい合うと、僕に向かって斉周が拱手こうしゅ(胸の前で右拳を左手で包み込む挨拶)をする。


「我が君が一人で思い悩んでいるので参った次第ですよ」


「私なら大丈夫ですよ。ただ、この戦いを乗り越えればついに張角との最終決戦になると思うのでこの五カ月を感慨深いと思ったんですよ」


「この前みたいに張角に逃げられないでしょうか」


 斉周は浮かない表情だった。


 広宗こうそう城包囲戦にて張角を追い詰めていたが、彼の奇策『逃走型火牛の計』――牛の尾に火を付けて走らせることで敵の包囲網を解く『火牛の計』を参考にし、逃走するために火を付けた牛の背に乗るという策。あの策には面食らって全く対応できず、張角を逃がしてしまった。


 わたしと斉周は思案を巡らす。


「火を起こして牛を追い払うか、弓兵をあらあじめ後方に置くのが妥当だと思います」


 私は今すぐに思いついた策を言った。


「攻城戦で弓兵を後方には置いときたくはないのですが」


「では火を急いで起こす方向で考えましょう。多くのものが火を起こす道具を持っているはずです」


 私はポケットから手のひらサイズで幾何学模様が描かれた青銅製の円状のものを取り出す。


「それは陽燧ようすいですね。なるほど、ではもし黄巾賊がまた火牛の計を使い始めたら、それを使うように皆さんに伝達しましょう」


 斉周は目を丸くしながら得心した。


 私が取り出したのは陽燧と言い、表面(幾何学模様が描かれている面の反対側)の凹面で太陽光を集めることができる。その太陽光を集めた部分に物を置くと、その物を燃やすことができる。数秒で物に煙が立つので中々高性能だ。簡単に言えば、この時代のライターだ。


 一通り、斉周との話を終えたので他の人達の方を見る。


「そういえば他の皆も私の様子を見に来たんですか? 心配ご無用ですよ」


「いやだってな」


 程全は後頭部を掻きながら隣にいる田疇と目を合わせて同時に口を開く。


「「なんか暇だったから」」


「人を暇つぶしにすんな」


 私、君達の指揮官なんだが。舐められてない?


「やれやれ」


 溜息をつきながら皆の間を通ったあと、


「そろそろ、戦いの準備をしましょうか。このいくさに勝って勢いをつけましょう。この先の時代を私達で作るのです」


 立ち止まって背中を見せながら思いの丈を語った。


田兄でんにい、なんでわざわざ皆の前を通ったあとに背中見せて喋ったの?」


 呼雪が私の行動を不審に思ってると、呼銀が人差し指に鼻を当てる。


「しーっ……田豫はカッコつけたい年頃なんだよ」


 聞こえてるぞ呼銀。指摘されるのはっずかし。


 そんなこんなんで私達は戦いに出向いた。

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