黄巾決戦編

第一四七話 最終決戦に備えて黄巾の乱を振り返ってみた

  徐晃じょうこうとの戦いから一ケ月が経過した。私は今までのことを振り返りながら、次の戦いに備えて武器の手入れをしていた。


 太平道たいへいどうの教祖――張角ちょうかくが起こした黄巾の乱は歴史通りに各地に波及し、賊を跋扈ばっこさせた。彼らは頭に黄色い布を巻いていることから黄巾賊と呼ばれていた。


 太平道の信徒はほうという三六の部隊に分けられている。一万人の部隊を大方だいほう、六〇〇〇人から七〇〇〇人の部隊を小方しょうほうと呼ぶ。また、大方、小方を率いる指揮官の役職もそれぞれ大方、小方と呼ぶ。


 そして、今は一八四年六月。黄巾の乱勃発から五ヶ月が経過している。その間に私こと田豫でんよ劉備りゅうびらと共に目覚ましい活躍をした。ちなみに何故、本来の歴史より一ケ月も早く黄巾の乱が勃発したかは未だに分かっていない。些細なことだが、気になってしまう。


 とにかく今振り返っても濃密な五ヶ月だった。


 主だった戦いを思い起こそう。


 魚陽ぎょよう県防衛戦――黄巾の乱が勃発した日。杏英あんえい玲華れいかがいる魚陽ぎょよう郡の魚陽県に突如、黄巾賊が攻めてきた。そこで小方の張白騎ちょうはくきを謀略で討ち取り、さらに後世では張燕ちょうえんと呼ばれている褚燕ちょえんという猛者と一騎打ちし、討ち取った。


 ここで私は魚陽県を救った英雄のような扱いを受けた。今思い出しても気分がいい! ふへへ! おっといかんかん、ニヤけながら矢筒に矢を入れてたら、隣で作業してる人が私を見て顔を引き攣らせていた。


 右北平ゆうほくへいの戦い――魚陽県防衛戦から一ケ月後。一七回の戦闘を経て泉州せんしゅう県にて敗走した小方である張雷公ちょうらいこうを追跡し、魚陽郡から東隣の郡である右北平ゆうほくへい郡に進軍し、戦闘を行った。そこではもう一人の小方である張速影ちょうそくえいがおり、彼と一騎打ちして討ち取った。そして、敗走する張雷公もこの手で討ち取った。


 あのとき、黄巾賊の兵力が義勇兵の三倍以上いたが自信満々に策はあります! ドヤァ! みたいな感じを仲間の斉周せいしゅうに出してたけど内心は冷や冷やしてたよ。結果オーライ。


 けい県救出戦――右北平の戦いの後、魚陽郡の西隣にある広陽こうよう郡が黄巾賊の手に落ちるという報告を受け、広陽郡の薊県へと向かった。薊県は州庁(州の政務を司る場所)でもあるので、そこを落とされれば幽州ゆうしゅう(地方)全体の軍事的及び政治的機能が麻痺してしまう。私は率いている南匈奴みなみきょうど族による戦術を用いて戦いを有利に進めて薊県を無事に救うことができた。


 乱勃発から二ヶ月経った頃にはようやく漢王朝かんおうちょうは重い腰を上げて軍を各地に派遣した。派遣されたのは私塾しじゅく時代の師でもあった盧植ろしょく皇甫嵩こうほすう朱儁しゅしゅんという名の将軍三人だ。


 さらに乱勃発から三ヶ月後、私は劉備や官軍と共に広陽郡で黄巾賊が占拠していた安次あんじ県と広陽こうよう県を奪還し、劉備が盧植の佐軍司馬さぐんしば(属官)に選ばれたのを機に盧植軍と共に行動することになった。


 広宗こうそう城包囲戦――劉備が佐軍司馬に任命されたあと、盧植がいる冀州きしゅう鉅鹿きょろく広宗こうそう県へと二〇日かけて向かった。盧植軍は広宗こうそう城にこもる太平道の教祖――張角が率いる軍を攻めていた。私達は盧植軍の後顧こうこの憂いを絶つために周辺に現れる黄巾賊や白波はくは賊(黄巾賊の一派)と戦闘を繰り広げた。そこで私は徐晃じょこうと一騎打ちをし簡単に負けてしまい負傷してしまったが、二度目の戦いでは呼銀こぎん呼雪こせつの協力と天運が味方してくれたおかげで徐晃ら白波賊は降伏してくれた。なお、張角には奇策を用いられて逃げられてしまった。


 今までの戦果で私は『黄巾殺し』という異名で呼ばれ、一四歳にして盧植軍の佐軍司馬になった。劉備は『仁狭烈士じんきょうれっし』という異名で呼ばれ、盧植軍の佐軍司馬から別部司馬べつぶしば(別動隊の指揮官)となった。


 この事実はとんでもないことだ。史実以上に劉備は躍進しているどころか私自身、年齢を鑑みれば類い稀な快挙を果たしていた。活躍すればするほど高位の地位を貰えるはずだ! 盛り上がってきた! 今、手入れをしている剣を持ちながら小躍りしたい。


 そして、現在、何をしているかというと――


 ――私達は鉅鹿郡の南方にある広宗県から鉅鹿郡の最北端にある下曲陽かきょくよう県へと北上していた。敗走した張角は下曲陽県の県城けんじょうで大軍を集結させているという報告があった。そして、そこには太平道の中で張角に次ぐ地位の男が二人いる。彼の弟の張宝ちょうほう張梁ちょうりょうである。


 恐らく下曲陽での戦いが最終決戦になるだろう。確証はないが史実では一八四年一〇月に広宗県で張角が病死したあと、軍を引き継いだ張梁が破れた。そして、下曲陽にいた張宝も敗れたことで黄巾の乱が終結したという事実がある。今回は下曲陽にその三兄弟がいる。ここで戦勝すれば黄巾の乱は終息するはずだ。


 しかし、真っすぐ下曲陽の県城に向かうことはできなかった。道中に黄巾賊が根城にしている城や集落があり、私達は度々、小規模の戦闘をしていたが、今から行ういくさは比較的大きな戦いになる。


 今から攻めるのは県城と同規模の廃城だ。大方がいるらしく一万の軍勢がいると予測できるがこちらは総勢四万の軍勢だ。


「そろそろ行くとするか」


 武器の手入れをやめ、矢筒、弓、愛刀である『水龍刀』を装備し、盧植のいる幕舎へと向かった。


 幕舎の中に入ると木製の卓を囲んで立っていた劉備と盧植がこちらに体を向けた。


 劉備は私を見てほくそ笑む。彼とは随分と仲良くなった。


田豫でんよ遅かったではないか」


「武器が手入れしてほしそうな顔をしていたので手入れしてました」


 とぼけながら劉備の隣に立つ。


「そなたは超雲ちょううんと似たようなことを言うのだな」


「そういえばそんなこと言ってたような気がします。『槍が……拭いて欲しいと言って泣いている……』と彼が言ったあと『武器の声が聞こえるんですか?』と聞いたら『聞こえはしない』って言ったので『聞こえないんかい』ってツッコミました」


「はははっ!」


 劉備は哄笑こうしょうした後、卓を挟んで前にいる盧植が咳ばらいをし、それとなく私達の気を引いた。


「そろそろ話を始めてもよいな?」


「「はいっ」」


 私と劉備は気まずそうな顔をしたあと、気を取り直して盧植に応じ、これから採る軍事行動について話し合い始めた。

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