第一四六話 果てしなく続く旅路(討伐編最終話)

 程全を揶揄からかった私は、彼に追いかけられていたが、


田兄でんにいこれ!」


 呼雪こせつが走ってやってくる。両手には私の愛刀を持っていた。程全は「ちぇ」と悪態を吐きながらも空気を読んで追いかけるのをやめてくれた。


「ありがとうございます!」


 私は呼雪から愛刀を受け取る。早速、抜刀して刀の状態を確認する。


 しっかり研ぎ直してある。刀の光沢が眩い。


 切れ味は元に戻ったようだ。


 別に人を斬るのが楽しいわけでもなく、戦闘狂でもないが、武器に対しては愛着があるので自然と気分が高揚する。


「嬉しそうだね!」


「ええ! この刀の見た目も気に入ってますし、今まで使ってきた愛着がありますから」


 私は思わず口角が上がっていた。


 私は間を置いて二の句を継ぐ。


「それに人から貰ったものなので大事に扱いたいと思います」


顔仁がんじんって人から貰ったんだね」


「彼はあくまで弓の師匠なので刀剣を貰うことはなかったです。これをくれたのは玲華れいかという名前の豪族の娘ですよ。ちょっと怖いところもありますがとてもいい子でして、無償で家のお宝をくれたんですよ」


「ふーん」


 と、呼雪が鼻を鳴らしたあと再び口を開く。


「その子のこと好きなの?」


「え」


 なんだその質問は人としてか? それともあれか? 恋愛的な意味か?


「ええっと、まあ可愛い子ですよ、はははは」


 私は乾いた声で笑う。はぐらかしてみたが、呼雪は不満そうな顔をしてたので、


「呼雪も可愛いですよ」


 褒めてみた。嘘は言ってない、本心だ。


「……」


 いつもなら呼雪なら「やったー!」と喜びを口にするが無言である。


「その玲華って子とセツ、どっちの方が可愛い?」


「んん⁉⁉」


 思わぬ質問に口を噤んでしまった。一方、呼雪はチラチラ上目遣いしながらこちらを見ていた。呼雪と答えれば、彼女は喜んでくれるが後で玲華の耳にこのことが伝わると暗器で刺されるかもしれない。死にたくない。玲華と答えてもそれはそれで刺されるかもしれない。死にたくない。

 

 返答に困っていると肩を誰かにポンっと叩かれる。


田豫でんよ、漢ならハッキリと答えるべきだ」


 呼雪の兄、呼銀こぎんだった。


「あっ‼」


 私は声を出してあらぬ方向を指差す。呼雪、呼銀だけではなく背後にいる程全らも私の指先を見ていた。


 よし、今のうちだ!


「あ! 逃げやがった!」


 聞こえる程全の声。私は走り出していたのだ。


田兄でんにいの馬鹿!」


「はははは! あいつやっぱ面白いな!」


「同じ軍にいる以上、逃げても一緒だろうに」


 呼雪、閻柔えんじゅう田疇でんちゅうは三者三様の反応を見せる。気恥ずかしいのもあるがその質問にどう答えても手痛い目にしか合わないのでこうするしかない。


――――いのししの刻(21時から23時頃)。


 本日の土木工事を終えた私達は各々、自由に過ごしていた。


 私は夜風に当たりたくなり、城門の上層へと上がった。


 するとそこには――


劉殿りゅうどの


「おお、田豫か」


 劉備がいた。彼も夜風に当たりたかったのだろうか。


「そなたも眠れないのか」


「そんなところです」


 私達は城の外に広がる地上を見ながら会話を始めた。


「張角の件は残念であったが、そなたのおかげで白波賊はくはぞくを取り込むことができた。戦場に出ずとも成果を残すのは並大抵のことではない」


「お褒めの言葉ありがとうございます。正直、徐晃じょこうとの戦いは運で生き残っただけですけどね」


 私は肝を冷やしながら当時のことを思い出した。


「田豫、明日、そなたに伝達しようと思ったことがあるが今ここで言うことにしよう」


「なんですか?」


 意味深なことを言う劉備。私は首を傾げたあと、彼と向き合った。


「余は今、佐軍司馬さぐんしば(将軍の属官)として先生に仕えているが、此度、別部司馬べつぶしばになることになった」


「本当ですか!」


別部司馬と言うのは佐軍司馬と同じく、将軍の属官ではあるが、独立性を持った部隊を指揮することができる立場だ。これで劉備達はより自由に戦えるだろう。


「それはおめでたいことです」


「それだけじゃないぞ」


 劉備は含みのある笑いをする。


「田豫……そなたは新たな佐軍司馬に任命されたのだ」


「えっ」


 今なんて言った。


「それは本当ですか……?」


 劉備はこくりと頷く。


 司馬は将軍の属官であり、黄巾の乱においては臨時の地位でしかないが、それでも、私個人が武官の地位を朝廷から授かった事実は揺るぐことはない。


「それはどういった経緯で?」


「盧先生が広宗こうそう城での戦いが終わったあと朝廷に上奏じょうそうして無事、認められたということだ」


「よっ……よっしゃああああああああ!」


「時間帯を考えぬか」


 私は歓喜し両拳を上げた。


「なにはともあれお互い、ここまで生き残って良かったな」


「ええ!」


 私は劉備と握手を交わす。


 転生前は劉備は憧れの人ではあったが今となっては友人というより戦友であることを実感した。当初は劉備の下で仕えたいとは思っていたが今では肩を並べて戦いたいという気持ちの方が強い。


「正直、そなたは余の直属の部下になってほしかったのだが、今ではこういう形も悪くないと思ってる。そうだな……戦友とやつだろうか」


 同じようなことを考えていた劉備に対して目を見開いてしまった。


 私は改めて夢を口にすることにした。


劉殿りゅうどの、例え戦場が別になっても私達の目的は一緒です。仁の世を成すために奮起しましょう」


「ふふ、その通りだ!」


 劉備はニヤっと笑い、


翼徳よくとく雲長うんちょうとは民を救い同じ日に死ぬと誓った。そなたとは絵空事の夢のために邁進することを誓おう」


 拳を突き出す。


「理想とする世界へ向かいましょう。道は違っても最後は同じ場所にいるはずです」


 私は応じるように拳を当てた。


 二人の漢は夢を夢のままで終わらせないことを誓う。理想郷へ向かうために身を焦がすほどの瞬間の日々こそが宝だと、この意思を止めることは誰にもできないと思った。私達はきっとこの意思を貫いて死ぬその日まで戦乱を生き抜くだろう。


§


・あとがき

これにて討伐編終了です。

しばし、次の編までに長めにお時間を頂きます。

いつも通り、なんの予告も無く、唐突に再開すると思います。


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