第一四五話 刃を振るう理由

 張角ちょうかく軍は広宗こうそう城から去ったあと、私達、盧植軍は城へと入城した。住んでいる人々の面影はなく、全員逃げ去ったか、黄巾賊に同調して賊になったと思われる。


 また、実際に城に入ってみると城内の食料は数日分しかなく、敵も切羽詰まった状態だったということが改めて分かった。


「もう少しで張角を捕らえることができたというのに……」


 そのことを知った盧植ろしょくは穏やかな口調で悔しさを露わにしていた。


 それから、盧植軍は広宗城を一時的な拠点とするために、城の修復作業を行う日々が続いた。


「よいしょっと」


 私は損傷した城壁に土を埋めたあと、丸太で突いて土を固める作業をしていた。簡素のように思えるが中国は日本と比べて雨と地震が少ないので城壁を強固に作る必要はない。それに一時的に住む拠点に必要以上に労力を費やしても仕方ない。


 横で張飛が丸太で穴埋めした城壁を突いていると、


「おら! おらっ……あっ⁉」


 丸太が思いっきり土の中に入ってしまった。


でんちゃんよ、この土おかしいぜ」


 張飛が訳の分からないことを言うので丸太を引き抜いて中の様子を確認する。


「……ちゃんと奥まで土が詰まっていませんよ」


「ああ! 本当じゃねえか! 全く、しょうがない土だなあ!」


 張飛はおとぼけていた。


 また、私の反対側では趙雲ちょううんが作業していたのだが、


「……あれ⁉」


 趙雲の姿はなかった。その趙雲が作業していた場所の壁はあり一匹すら入る隙間はない状態になっていた。


「仕事が速いうえに黙って去って行きやがった」


 相変わらず顔も相まってかっこいいやつだと思ってしまった。


「ん?」


 上を見上げると、城壁の上に趙雲がいた。腕を組んでこちらに背を向けている。

 

 彼は黄昏たそがれていた。きっと空を見て厨二的なことでも言っているのだろう。


「空が……青い……これが平和か」


 耳を澄ますと趙雲はなんか言いながら空に手のひらを向けていた。訳が分からないよ。


 とりあえず、一騎当千の猛者とはいえ得意不得意は当然ある。それを再認識した瞬間だった。


 私は土木工事を終えて、城回りに立っている幕舎の間を歩く。今から盧植軍に従軍している鍛冶職人に会って研いでもらっている愛刀を受け取りに行く。


「あれ? 皆どうしたんですか?」


 歩いていると友人ら――程全ていぜん田疇でんちゅう閻柔えんじゅう夏舎かしゃ呼銀こぎんが楽しそうに談笑していた。


「よっ! この前の話してんだ!」


 閻柔は私に気付くと手を上げた。


「この前の話とは」


「朝廷の使者を夏舎の占いでビビらせた話だよ」


「ああ~なるほど」


 私は得心した。


 確かにあの話は聞いていて面白いのかもしれない。簡雍かんようが牛の血を相手にかけろと言ってないのにかけたり、白目を剥いて痙攣したフリをしていたのが面白過ぎた。


「おい田豫でんよ


「なんですか程全……いきなり」


「面白い話してくれよ」


「うわ、めんどくさいこと言うな」


 私はうんざりした顔をしつつ口を開く。


「程全の真似をします」


「え?」


 戸惑う程全。


「賊に捕まった程全を助けようと剣を持って近づいたときがありまして、そのとき、彼が私を敵だと勘違いして泣いたときの台詞です」


 私は空気を吸い言葉を吐く。


「その剣で俺を刺すんだろうわあああああああああああああん」


 当時より大袈裟に泣いてみた。あれからもう八年も経ったのか。


 程全以外の皆は笑うが、


「お、お、おい黙れ黙れ」


 当の本人は私の口を塞ごうとしてきた。


 私と程全は皆の周りを走って、追いかけっこをしていた。つい先日まで血生臭い戦いをしていたのに年相応の子供みたいなことをしている自分に笑ってしまう。完全に精神が今の年齢になってしまったのかもしれない。だが、こういう日常を送るのは悪くないと思った。この平和のためにも私は刃を振るい続けよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る