第一五〇話 盧植の読みと前線指揮官としての役割
私達は敵の『火牛の計』を破ったあと、いよいよ城内へと侵入しようとするが、
「「「蒼天すでに死す! 黄天まさにたつべし! 蒼天すでに死す! 黄天まさにたつべし!」」」
遠方から数多くの声が聞こえてくる。黄巾賊のスローガンを口にしている。
簡単に言えば、天下はもう死んでるから俺達が変わってやるよと連呼しているわけだが……不思議なことに城内からではなく外から声が聞こえた。
「北門と南門から打って出てるんだ、これは予想外だ」
こちらは東門と西門を攻めており、私は西門側にいた。そして、黄巾賊は牛を放つために西門は開けっ放しの状態となっており、てっきり西門から黄巾賊が湧いて出てくると思ったのだが、まさか北門と南門から兵を出しているとは思わなかった。
黄巾賊の狙いが全く読めない。相手の兵力はこちらの四分の一である一万人だ。少ない兵力は四つに分けるのは愚策なのではと思ってしまう。
「
「こちらにいます」
「おお……」
馬に乗った私の後ろからスッと斉周が現れて、正面に回り込んできた。いつもながら神出鬼没だ。だが、彼は呼ぶと必ずきてくれるので助かる。
「黄巾賊の狙いが分かりますか? ハッキリ言って自滅するような行動にも思えますが……策があるのでしょうか?」
「皆目見当が付きません。おそらく
「それもそうですね」
と、私が話しを切り上げると、私の前に官軍の正規兵が小走りで来た。
「
おお……正式な役職名で呼ばれた。実は今までも何回かあったが何度聞いても感動する。前世では万年平社員で、うだつの上がらない日々を送り、唯一の癒しと言えば読書とゲームをするだけの――
「――くっ! 感動した!」
私は親指と人差し指で熱くなった目頭を押さえた。
「体調が優れないのでしょうか?」
正規兵は不思議そうな声色で私の調子を尋ねてきたので、かぶりを振って否定し、彼と向き合った。近くから
「えー無暗に城内に入らずこの場で踏みとどまり、陣形を『
「分かりました」
正規兵は言いたいことを言うと、風のように去って行った。
それから私は言われた通りの陣形を敷く。『円陣』は守りに優れ全ての方向からの攻撃に対して処理できる陣形だ。形としては各陣を円形になるように並ばせるものだ。移動には適さず、こちらから迎え撃つ場合にのみ使う陣形だ。
おそらく後方にいる
食料がほぼない状態じゃないと守城側が野戦に挑むわけがない。
もしかしたら盧植は補給路を断ちながら移動していた時点で相手に野戦を挑ませ、守備陣形を組む流れを読んでいたのかもしれない。私は行軍している際は戦術や戦略を組むことはあるが先を見越して策を実施することはない、状況を分析し、適時、対応していくのが今までのやり方だ。盧植の先見性ある戦術や戦略を見倣おう。
左右から攻めてくる黄巾賊の姿が見える頃には私達は陣形を敷き終わっていた。
「
「漢王朝を討ち! 大賢良師様を皇帝にするんだ!」
黄巾賊は青白い顔、こけた頬をしており明らかに栄養不良であることが見て取れたが、鬼気迫る表情で得物を振るっていた。
ちなみに大賢良師は張角のことを指しており、彼が自称している称号だ。
私は馬に乗りながら戦況を見守る。『円陣』という陣形の性質上、指揮官は陣の中央にいなければならないので最前線で戦うことはできない。
「放ちやがれ!」
「太平道に栄光あれ!」「「栄光あれ!」」
肩口、腹部、太腿等に矢が刺さっているにも関わらず、私達の軍の前線に到達してきた。黄巾賊は刃をその身に受けながらも刃を振るう。官軍や義勇兵は黄巾賊に道連れにされ息絶えていった。
「数では勝ってます! 勝てる戦です! 気迫で負けたら駄目です! 相手が声を上げるならこちらも負けじと声をあげて対抗し、士気を上げるのです!」
「「「おおおおおおおおおおおおお!」」
私が発破をかけると最前線から雄叫びが聞こえてきた。
大声を上げさせることで脳を興奮させて人体のリミッターを外させることで少しは普段以上の力がでるはずだ。つまり、私のように筋力の出力を上げさせるのが狙いだ。
前線では敵味方叫び続けながら斬り合いが始まっているのだろう。
盧植と共に行動してから、戦わず指揮官としてだけの役割を果たすことが多い。前線にはいるので名付けるならば前線指揮官という立場なのかもしれない。
そのとき、
――――ドンドンドンドンドンドン! ドンドンドンドンドンドン!
太鼓の音が聞こえた。
「なんだ」
盧植の方でもない、黄巾賊の方でもない。遙か後方から音が聞こえた。
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