第一一三話 気になっていた名将の性格

 迫り来る新手の黄巾賊を引き寄せてから退きたいので私は敵が近づくのを待った。


 しばらくして、遠方で土埃が舞い上がっているのを確認した。その下で黄巾賊の軍勢がいると判断し移動を始める。


 追いかけてこないことも考慮して、慌てて逃げ出したと相手に思わせるために水筒として使っていた瓢箪や空になった矢筒を捨て置いてきた。


 平原の中、


「敵追いかけてきてんな」


 私は閻柔えんじゅうと並走していた。


「そのようですね」


 明らかに後方から、かしましい声が聞こえていた。


 予想以上に敵が速い。歩兵がいると聞いたが馬に乗っている私達に追いつこうとしているあたり相手は騎兵のみを先行させたに違いない。


 この状況はむしろ好機かもしれない、敵の騎兵は数百人と偵察兵が言っていた。対してこちらは約三〇〇人の中に二〇〇人の騎馬異民族がいる。戦力的には有利なはずだ。


 矢は大量に消費したが数百人程度なら騎馬異民族特有の一撃離脱戦法で勝機を見出せるはずだ。


「今から私の言うことを皆に伝達してください」


 私は方針を決め、閻柔含む周囲の人々に向かって口を開く。


「背後に迫ってきている黄巾賊はおそらく劉石りゅうせきが討たれる前から放たれていた者達です。つまり敵は劉石の軍がどういう戦術と戦法でやられたかは知らないということになります。先程と同様、南匈奴みなみきょうど族を連れて矢を連射しながら後退するという戦術をとります!」


「「「はっ!」」」


 周囲は快く返事をし、命令を口伝してくれたのだが。


「ぜ、前方から歩兵部隊が迫ってきております‼ 数は分かりません!」


「っ!?」


 最前列にいると思われる義勇兵からの予期せぬ報告に息を呑んでしまった。


 東からも敵が迫ってきているだと? 


 馬鹿な、後方から現れた少数の敵にここまで兵を割くものなのか?


 黄巾賊の後陣が混乱に陥っている状況ならば、他のところに目を向ける余裕なんてないはずだ。


「どうする!? 南に下がるか!?」


 さすがの閻柔も焦燥感を漂わせていた。


 即断即決の場面だ。前方から迫ってくる敵の数は不明、情報がない。よって、ここは、


「先程の命令は撤回します! 南へと疾走し、敵を撒いてから魚陽郡に戻ります!」


 撤退するしかない。


 幸い周りは遮蔽物はないので動きやすい。桟道や木々に囲まれた場所じゃなくて本当に良かった。


 南へと方向転換しようとすると、


「お、お待ちを!」


 最前列にいる義勇兵がまた何か言っていた。


 今度はなんだ。


「前方の者達は敵じゃないです……掲げられているのは義と書かれた旗印!」


 その報告で私は仲間達の間を通り、最前列に出る。


「……確かに敵じゃない! 義勇兵! 仲間です!」


 私は前方から近づいて来る数百人の歩兵と、その前を走る一人の騎兵を見やって判断する。


 間違いない、あの騎兵はあいつだ。


「加速します!」


 私は馬の下腹を軽く蹴って全力疾走させると、後方にいる義勇兵も馬を加速させていた。


 全力疾走故に急には止まれないので一旦、やって来た義勇兵の横を通り過ぎると、


「「…………」」


 一人の騎兵――趙雲ちょううんとすれ違う。目を合わせると彼は頷く。


 私達は迂回し、彼らの横に並び立つ。


 私も趙雲もそれぞれ率いている義勇兵の先頭を走っていたので自然と横並びになる。


 相変わらず趙雲は眉目秀麗だ。未来風に言えば高身長イケメンだ。また、刃の部分がひし形になっている質素な槍を背負っていた。


 私は彼と話したことがない。仲が悪いとかではなく話す機会がなかったのだ。果たして一体、どういった人物なのだろうか。とりあえず、今は現状を伝えよう。


「趙雲殿。前方を見据えれば分かると思いますが前方から黄巾賊が迫っています」


「ああ、そのようだ」


 動じてないな。クール系の性格なのかもしれない。


「敵の数は多くて二〇〇〇人ですが趙雲殿達が正面から敵にぶつかってくれれば非常に助かります。それと、いきなり不躾ぶしつけなお願いをして申し訳ありません」


 差し迫った状況なので事後的に謝ってしまった。


「いいだろう。此度の祭り、俺が田豫でんよ殿の防護壁となろう」


「あ、ありがとうございます!」


 祭り? 防護壁? 何を言ってるんだ。


 いや、私の頼みを快く引き受けてくれたんだ。この際、なんでもいいや。


「でも本当にいいところで来てくれました。劉備りゅうび殿が兵を差し向けてくれたんですか?」


「ああ。だが、そうなる運命さだめだったのかもしれないな」


 なんだその言い回し。


 多分、こいつ厨二病だろ。

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