第一一二話 緒戦を終えて

 今度こそ川を渡り終えた私は敵が追撃してこないか再確認していたが、散々打ちのめされたうえに劉石りゅうせきを失った黄巾賊の後陣は完全にいなくなっていた。


 愛馬の『白来はくらい』には川を何度も渡ってもらって申し訳ないなと思いながら南匈奴みなみきょうど族達を連れて閻柔えんじゅうと合流し、緒戦の戦果を伝えた。


「流石、田豫でんよだ!」


 閻柔えんじゅうは拳を突き出してくる。この年頃になるとこういうコミュニケーションが流行り出すのはいつの時代も同じか。


「まだ戦いは終わっていませんけどね」


 突き出された拳に拳をぶつけてみた、すると、


「マジ、でぇんよ田豫凄かった!」


でぇんよ田豫、俺達と同じぐらい弓も馬も得意! いや俺達以上だあ!」


 訛りのある南匈奴族が両側に来て私を称え始める。


 悪い気はしないが、


「うぃ!」「うぃ!」


 拳を突き出すのが漢民族特有のコミュニケーションだと思ったのか何度も私に向かって拳をぶつけてきた。


 両肩痛いって。


「あ、ありがとうございます……あと、地味に痛いので止めて下さい」


 拳を一〇回以上ぶつけられたところで南匈奴族を静止させた。


「閻柔、しばらくここに留まりますが予断を許さない状況ですので周辺に何人か偵察を」


「もう田豫の姿が見えた時点で偵察出してんだよな」


 さすが閻柔。仕事が速い。


「ではしばし水分補給をしましょう」


 私は馬から降りて、荷物持ちと化していた閻柔の部隊から愛刀である『水龍刀すいりょうとう』を返してもらった。矢筒を二つ腰にぶら下げていたが、一つは使い切ったので『水龍刀』と入れ替えた。ついでに瓢箪ひょうたん型の水筒を貰って水分補給を行った。


 瓢箪の中には馬乳が入っていたのだがとっくの前に飲み尽くしていたのでたまたま行軍途中で見つけた湧水ゆうすいを入れていた。


 水を飲みながら横目で呼銀こぎんに肩車されてる呼雪こせつを見やる。


「さすが俺の妹だぜ」


「やったー」


 偶然とはいえ呼雪の矢が大方だいほう補佐である劉石に当たったので彼女も皆から称えられていた。


「……もうなくなった」


 よそ見しながら水を飲んでたら、もう瓢箪の中が空になってしまった。よっぽど喉が渇いてたらしい。


 次いで私は川で濡れた愛馬の体を拭きながら、緒戦を思い返す。


 敵の兵数は数千人は落としたはずだ。一人当たり矢筒一つ分――二〇本の矢を消費したと考えると四〇〇〇本の矢があの一瞬でなくなったんだ。予想以上に被害を与えることができたのかもしれない。


 それだけじゃない、相手を混乱に陥れることもできた。これで薊県けいけん側で戦っている味方を大きく助けることができただろう。薊県に残した義勇兵が無事、私の存在を劉備りゅうび達に伝えているのならば、相手を混乱に陥れたのが自ずと私だということに気付くはず。


 いずれ薊県側と連携をとれるかもしれない。


「……ん?」


 西方から馬を走らせてくる人達がいた。


 見たことある顔ぶれ、義勇兵だ。閻柔が偵察に出した兵に違いない。


「もう戻ってきたんだ、速くないか?」


 閻柔は腕を組みながら偵察に出した人達を待つ。


 確かに戻ってくるのが速い。愛馬を拭き終えた私は閻柔の下に行き、報告を聞くことにした。


 偵察兵は戻りながら大きく口を開く。


「こ、黄巾賊! 数千人が西の方から迂回し、こちらに向かって来ています! すでに川は越えています!」


 全員に聞こえるように簡潔に報告してくれた。


「くっ……もう来ましたか」


 私は苦虫を噛み潰したよう顔をする。


「敵さん行動が速すぎだな、田豫どうする」


「あまり時間はないようですが、もう少し情報を聞きましょう」


 私は偵察兵が目の前に来るのを待つ。その間、皆、馬に乗って移動する準備を整える。南匈奴族達も大体、矢筒を一つ空にしていたので、それと入れ替えるように得物を装備し始めていた。


 これが戦場だ。一刻一刻と状況が変わる。適応していかなければ死んでしまうのだ。


「正確に敵の数は何人ぐらいですか?」


 私は目の前まで来た兵に問う。


「一〇〇〇か……二〇〇〇かと」


「では二〇〇〇人としましょう、兵種は?」


「騎兵が数百人いました後は統一性のない武器を持った歩兵が」


 ついに黄巾賊から騎兵が出てきたか。馬に乗れる時点で腕が立つという証拠にもなる。


 それに、今の時点で川を越えているということは大方の指示に違いない。私達の存在に気付いたあと、大方は早い段階で二〇〇〇人の兵を出して迂回させていたのだ。劉石が率いていた兵と挟撃させるつもりだったのかもしれない。


 どうする? 正面からぶつかるか? この面子ならいけなくもないと思うが。


「……まずは後退します! 幸い向こうには歩兵がいるので機動力はこちらの方が上です! 付かず離れずの距離で後退しながら様子をみることにします!」


 こうして第二戦が早速始まってしまった。

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