第九七話 闇夜に紛れて行軍中

 皆に今からとる軍事行動と敵に対しての戦術を伝えた。


 まだ夜中だが、闇夜に紛れて行動をした方が今回の作戦が上手くいくため出立した。


 偵察部隊の報告によると黄巾賊は街道ではなく二〇〇メートルの幅がある川を沿うように移動してきているらしい。


 この地域は渤海ぼっかいという海域に繋がる川が多いため、命の生命線でもある水を補給するために川の近くで野営をしたり、進軍してくることは容易に想像ができた。


「おい! 本当に馬はいいのかよ!」


 歩いて進軍している私の隣に馬に乗った呼銀こぎんがやって来る。


「ええ、言ったでしょう、今回の戦いは歩兵が主役です。南匈奴みなみきょうど族は遙か後方にて待機してもらいます」


 今回のいくさ南匈奴みなみきょうど族を後方に置いて、ほとんどの人達には歩兵になってもらった。


 また、馬は全て、後方にいる南匈奴族と兵站を管理している部隊に預けている。


「それは作戦を聞いて分かったけどよ。いざというとき逃げれないぜ……上手く行くとは限らないんだろ。というか兵法書とか知らないけど、俺でも今回の戦術は頭おかしいと思ったぜ」


「それが正しい反応ですよ。そもそも兵法書を知っている人間ならば頭がおかしいとしか思えない陣形を取るのですから」


 困惑気味の呼銀に対して平然とした感じで接した。


「まあまあ、こいつ子供の頃から頭のネジ外れてるからな、いつものことだって!」


 私の隣にいる程全ていぜんがそんなことを言う。フォローしてくれてるのかもしれないが、ただただ失礼ではある。


 少しやり返そう。


「今から子どもの頃の程全ていぜんの真似をします」


「「えっ?」」


 周囲の人は困惑する。


「嫌だぁぁぁぁ、死にたくなよおおおおん」


 これは程全が昔、賊に捕まったときに言っていた台詞だ。


「おい! やめろ!」


「こいつ子供の頃に何があったんだよ……」


 程全は私を止めようとし、呼銀は程全に怪訝な目を向けていた。


 そのとき、


田殿でんどの!」


 前方から馬に乗った義勇兵がやってきて、行軍中の義勇兵の中を通り、私の前に立つ。


 彼は偵察に行かした人の一人である。私は行軍しながら、一人ずつ時間差で偵察兵を出し、随時、相手の情報と位置を仕入れることにしていた。


 私が斉周せいしゅうらに言った『兵数以外にも勝敗を覆す要素』の一つは情報である。


 なにも無暗に無茶な戦術を行使しようとは思っていない、状況が変われば、戦術を変えるか撤退することも視野に入れている。そのために、相手の情報が欲しかった。


「張と書かれた旗印が二つ確認できました。相手は私達の進軍に気付くことなくゆっくりとこっちに向かっています」


「ありがとうございます。では引き続き偵察をお願いします」


「え、また行かなきゃ駄目なの? マジ?」


 勘弁してくれよという顔の義勇兵。


「行ってくれたら報酬出そうかな~」


「うおおお! 行くぞおお!」


 お金をチラつかせたら義勇兵は喜んで飛び出して行った。


 にしても大将旗が二つか……急に張雷公ちょうらいこうが一万の軍勢を集めれることができた理由と繋がることかもしれない。


 そして、進軍している間は何度も偵察兵が来る。


「――黄巾賊、進軍停止しました!」


「時間も時間ですしね、野営するかもしれません。個人的には行軍して欲しかったのですが」


 単純に私達の移動距離が伸びてしまうので向こうには近づいてきて欲しかった。


 そして、次の報告が来る。


「――剣や矛を装備しているのが主です! 中には弓やくわを持っている人達もいます。言われた通り弓兵の数をなんとか確認しようとしましたが、近づくことができず、分かりませんでした!」


「日が暮れて見渡しが悪いので無理もありません。無茶して捕まったら元も子もないので賢明な判断です」


 さらに、次の報告が来る。


「――進軍再開しました! 先程と同様、進軍は遅く。こちらに気付いている素振りが全くありません!」


「野営するかと思いましたが休憩してただけみたいですね……私達は泉州せんしゅう県に退いたと思っているのか、それとも待ち受けていると思っているのかもしれません。いずれにしろ好機です」


 様々な情報が届いた。


 そして夜明けが来る。


 相手は僅か五キロ先の距離にいるらしいが、全く私達に気付いていないらしい。ただ、これ以上迫れば確実に気付かれるという距離だ。兎にも角にも、この知らせのおかげで作戦成功の確率が格段に上がり、私達の士気と戦意が高まった。

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