第九八話 防御力ゼロの陣形、名付けるなら『凶気の陣』

 私は義勇兵に陣形を組ませたうえで、油断している敵に向かって進行させた。


 陣形は兵法書をたしなんでいる人からすれば常軌を逸したもの。少ない兵力にも関わらず横長に軍を展開し、さらに中央部分は僅かな人数で隊列を三列にし、両翼部分に兵を集中させた。また、前列には持てるだけ鉄製の盾と取り回しが良い武器を持たせた。


 中央部分は人数が少なく、必然的に士気が下がるため、指揮官である私がいる。ちなみに私も鉄製の盾を持っており、右腰には数本しか矢が入っていない矢筒、左腰には刀を差し、背中に弓を背負っていた。


「このまま前進してください!」


 私は義勇兵に発破をかけながら進む。


 そして、最後の偵察兵が帰ってきて、私がいる中央部分に割り込んでくる。


「ほ、報告! 黄巾賊は大慌てで陣形を組もうとしてます!」


 敵は私達に対処するために動いているようだ……いや、それは見て分かる。


 数キロ先にいる黄巾賊はせわしなく動いているのだから。


「問題ありません。このまま進みます。君は馬を後方の部隊に預けて両翼の部隊に加わってください」


「わ、分かりました!」


 少しして、敵は私達に対処するために前列のみを横長に展開していた。


「前にいっぱい、ゆ、弓兵がいる!」


「で、田殿でんどのの予測通りだろ! 問題ない!」


 浮足立つ義勇兵。


 敵は向かって来ている歩兵を討ち取るために前列に弓兵を置いていた。


 おそらく全ての弓兵を配置したのだろう。


 ――――敵まで一キロ。


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」


 全義勇兵が雄叫びを上げながら、早足で進む。


 雄叫びで地面が揺れ動いているように感じてしまう。近くにいた鳥が驚いて羽ばたいていた。


 突然の大音量に敵の顔が引き攣っているようにすら見えた。


 敵は弓に矢をつがえていた。前列に盾を構えさせているとはいえ、この陣形は遠距離攻撃に対しては無防備だ。このままでは無駄死にする兵士が出る。


 ――――だが、そんなことはさせない。


 敵が矢を放とうとした瞬間、


「今だあああああああああああ!」


 私は前列の前に躍り出て盾を構えて全力疾走。正直こんなことしたくはない、指揮のやることじゃない。だが、こうでもしないと人は動かせない!


 それに続いて全兵が全力疾走。


「ひ、ひいいいいい!」


 腰を抜かす敵の弓兵が数人いた。


「は、早く撃て!」


 敵部隊の後方にいる兵が弓兵に攻撃を急かすと、矢が放たれ始めた。


 飛んでくる敵の弓矢。ほぼ一斉射撃だった。


 こちらの中央部隊には程全ていぜん閻柔えんじゅうもおり、


「もっと速く走れ! 当たるぞ!」


「田豫が言った通り、走れば一発目は誰も当たらないかもな!」


 周囲の兵を鼓舞しながら全力疾走していた。


 そう一発目の弓矢は当たらない。


 相手は私達が射程距離に入ってから弓矢を放った。必然的に山なりに矢を放たなければ届かない距離――それが射程ギリギリの距離だ。


 全力疾走している私達には山なりに飛んできた矢は当たらない! 何より横長のありえない陣形に奥行きはない! 一本目の矢は必然的に後方へと落ちる!


「く、来る‼」


「は、早く撃たないと!」


 敵は再び弓に矢をつがえる。しかし、驚き戸惑う相手は一斉射撃ではなくバラバラに矢を放とうしていた。


 黄巾賊は弓兵としての練度は高くない、そのため一斉射撃が必須だ。一斉射撃することで殲滅力が増すのだ。しかし、今は全く、統率が取れてない。これに関しては嬉しい誤算だ。ここまで私達の行動に怯えるとは思わなかった。


 そして二射目が放たれても全力疾走することが大事だ。仮に相手との距離が今、〇・五里未満――二〇〇メートル未満だとする。早足ならば一分はかかるかもしれないが全力で突撃すれば、約三〇秒で辿り着く。この時間の短縮で放たれる矢の数はぐんと減る!


 この速さこそが、もう一つの『兵数以外の勝敗を覆す要素』だ。

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