第一〇六話 指揮官としての選択

 泉州せんしゅう県の県長けんちょうとの話し合いを終えたあと、私は県城の外へと出た。


 そして、官軍から義勇兵達に貸し与えられた幕舎が集う一画へと行く。


斉周せいしゅうはいますか?」


 私が率いる義勇軍の参謀を呼ぶ。


「ここですよ」


 という声に釣られて後ろを振り向くと斉周がいた。

 

 いつの間に背後を取られたんだ。いや、そんなことより、


「皆を集めて下さい、広陽こうよう郡の状況を伝えます」


 私は県長から聞いたことを皆に言うことにした。


 斉周の呼びかけによって、ぞろぞろと義勇兵達が集まり始める。


 三三〇〇名の義勇兵に対して真向かいから話しても全員に声が届かないと思うので私は県城を囲む城壁の上に立ち、地上に義勇兵を集めた。


 私は地上にいる兵達を見下ろす。


「休ませろー‼」


「出撃とか言うんじゃないんだろうな!」


「勘弁してくれよ!」


 なんか非難されていた。


 今までの働きで私に尊敬の念を抱いているとはいえ、血気盛んな若者達が多いので反発もされやすい。そもそも、度重なるいくさと行軍で疲労しているのだから怒るに決まっているか。


「皆さん! ご存知だとは思いますが、広陽郡が黄巾賊の手によって落とされかけています!」


 私の声でざわめいていた集団は静まる。なんだかんだ統率がとれている証拠だ。


 なお、チラッと集団の中にいる程全ていぜんを見やると、立ちながら居眠りをしていた。


劉備りゅうび殿が率いる義勇軍と魚陽ぎょよう郡の官軍達が薊県けいけんの救援に向かっており、野戦もしくは籠城している可能性が高いと思われます」


 皆、私の言葉に耳を傾けていた。居眠りしていた程全も欠伸をしながら話を聞き始める。


 なお、チラッと呼雪こせつを見やると干し肉を食べていた。


「薊県は広陽郡どころか幽州ゆうしゅうという大きな地方の要所です。この場所が落ちれば今までの頑張りが無駄になってしまいます!」


 下方にいる集団は神妙な面持ちになりつつある。戦わなければならない事態であることを吞み込んでいるのだろう。


 しかし、やはり血気盛んな若者だけあって、


「まさか今から出撃とか言うんじゃないだろうな!」


「田殿にはこの一ケ月、飯を食わせてもらって感謝はしているが私達は戦いっぱなしだ!」


「救援に行った部隊が救ってくれると思うけどな!」


 反発する者もいた。


 救援に行った部隊が救ってくれるという話は希望的観測なので耳を傾ける必要はないが。やはり、疲労していることが見て取れる。


 考えるんだ。反発を受けず、救援に向かうことができるような折衷案を。


「結論から言いますと救援には向かいます!」


 私が発した言葉で諦観する者や吐きそうな顔をする者、そして中にはやる気を見せる者がいた。


「マジかよ」


「俺、急にお腹が痛くなってきたからここに留まるわ」


 この義勇軍、ブラック企業じみてきたな。私のせいではあるが。


「話を最後まで聞いてください、全員が救援に行くわけではありません」


 ここで大事なことを伝えよう。


「迅速に移動できる騎兵のみで救援に向かいます!」


 人数が多ければ多いほど行軍に時間がかかる。それが僅かな騎兵のみともなれば迅速に移動でき、かちで移動するよりは疲労しない。


 それから一日かけて、これまで培ってきた名声と気後れし始めた県長けんちょうを利用し、ありったけの矢を集めた。騎兵のみの部隊を生かすために騎射という特殊技能を生かした方がいいと思った。


 その日の夕刻。


 義勇兵に所属している中で乗馬できる人達を集めた。人数は三二〇。


 残りの義勇兵は泉州県に駐在させて、武芸の嗜みがある程全と田疇でんちゅう、兵站を管理する夏舎かしゃ、参謀役である斉周に後を任せた。隙がない陣営だと思う。


「皆さん、私に付いて来てくれて感謝します」


 なんだかんだ従ってくれる三二〇人の兵を目の前に礼を言う。


「当然だろ」


 自分の胸をドンッと叩く呼銀こぎん。彼が私に従ってくれるので自然と南匈奴みなみきょうど族二〇〇名が付いて来てくれる心強さがある。やはり、人脈は広げるに限る。


「あれが急いで集めてた矢か?」


 呼銀は一か所に集められている矢を見やる。五〇〇〇本はあった。欲を言えばもっと欲しかったが仕方ない。


「人数が少ない分、殲滅力を矢で補おうと思います。私と南匈奴族は矢筒を二つ身に付けることにします」


 矢筒に矢を二〇本詰め込んだうえで、一人当たりに矢筒を二個持たせれば一二五名で矢を五〇〇〇本を持って移動できる。元々、保持している矢もあるので私と南匈奴族二〇〇名で八〇〇〇本の矢を持つことになる。


「矢筒二本ぶら下げたら刀剣が持ちにくくなるだろ」


「刀剣は他の人達に預けましょう」


 今回、編成する部隊は中距離及び遠距離に特化させて、閻柔えんじゅう、呼銀、呼雪含む騎兵を連れ、泉州県から出立することにした。


 状況次第では兵数不足で役立たないかもしれないが、それは戦場を把握してから考えよう。

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