第八〇話 解釈不一致なんだが

 私は高家の屋敷から出たあと、郡庁ぐんちょう近くにある宿屋に戻り、兵法の研究をしてから眠りについた。


 朝になり、目が覚めた私は服を着替える。


「中々、シックな色合いですね」


 高家こうけの屋敷から出る前、玲華が黒を基調とした直裾袍ちょくきょほう(裾が真っすぐの衣服)を渡してくれたので、早速、着てみた。


 とりあえず、弓矢は部屋に置いて、直刀は左腰に差すか。


 身なりを整えた私は部屋から出ようとすると、


「オレオレオレ! 俺様だ! オレオレ!」


 何者かが外から木製の戸を叩きながら、激しく自分の存在を主張していた。


 朝からうるさっ。


「この声は張飛ちょうひですね」


 私は戸を開けて張飛を招き入れる。


 張飛がその気になれば、木製の戸なんか片手で壊せるので、手加減はしているのだろう。私も脳のリミッターを外せば同じことはできるが。


 私達は部屋にあるたくを挟んで床に座る。


「昨日の宴会にでんちゃんいなかったからな、持ってきたぜ」


 張飛は右手に持っている酒壺さかつぼを卓の上に置く。


「くれるんですか?」


 ちなみに酒は転生してから一度も飲んでいない。正直、良酒なら売りたい。


「何言ってんだ、今から飲もうぜ!」


「朝っぱらから⁉」


 私に至っては寝起きなんですけど。


「飲みませんよ……」


 尻すぼみに言葉を返す。


「俺様の酒が飲めねえのか」


 アルハラやめろ。


「誰の酒でも飲みませんよ。これにはちゃんとした理由があるんですよ、今飲めば、いくさを経たことで傷付いた肉体の回復を阻害してしまいますからね。特に今回、私は見た目以上に手負いの状態ですから、しばらくは飲みませんよ。個人的に成人するまでは酒は控えるつもりですし」


 脳のリミッターを外して体を酷使した私はあちこちの筋繊維が損傷しているので数日は激しい運動も避けたい。


「酒と肉体の回復になんの関係があるんだ?」


 張飛は得心のいかないような顔をする。


「筋肉を酷使したあとにアルコールを取り込むと、筋肉を作る蛋白質の合成が抑制されますからね。効率よく回復できないんですよ」


「んん????」


 張飛は腕を組んで体を傾ける。アルコールとか蛋白とか知らないから無理もない。


 私は話を切り上げようとするが、


「ちょっともう一回、分かりやすく言ってくれ!」


 張飛の手元にはいつのまにか竹簡と筆があった。


「ええっと、運動したあとにアルコールを」


「アルコールってなんだ! 蛋白質ってなんだ!」


 張飛は卓の上に竹簡を広げて、書き取りしようとしていた。


 勉強熱心か。人のことは言えないが。


 しばらく、張飛に色々と教える羽目になった。私も詳しくはないが前世で得た筋肉についての知識を教えてあげた。


「おおお! なるほどな。蛋白質の合成に必要なエムトールってやつがアルコールのせいで一、二割抑制されっから、筋肉の回復が邪魔されんだなあ」


 誰だよこいつ、本当に張飛かよ。私の知っている張飛はエムトールとか口走らないから。


 まぁ、彼とは出会った当初から、私が知らないことを口走ると根気よく理解しようとしてくれるので、いつものことではある。


「これからいくさや鍛錬した日は酒は禁止だ! 田ちゃんも体が酷い状態なら飲むんじゃねえ!」


 張飛は卓に置いた酒壺を取った。


 それから再び、張飛の質問攻めに合い、解散した頃には昼が過ぎていた。

 

 張飛に郡庁まで案内してもらおうとしたが劉備に頼まれて魚陽ぎょよう県周辺の集落の様子を見に行くらしい。いつ黄巾賊が現れるか分からないので良い判断だと思った。というか、官軍の仕事だろこれ。


 とりあえず、私は一人で郡庁へと向かうことにした。


 県城けんじょう内にある郡庁は城壁によって囲まれていた。門は開いていたので門番の目を気にせず、郡庁含む庁舎が集う場所へと侵入する。


 堅固そうな建物が建ち並んでおり、政務を執る場所である郡庁、儀式を執る場所である前殿ぜんでん正殿せいでん、そして宿舎など様々な建物があった。


 とりあえず、その辺を歩いている役人に声をかけて劉備達がどの建物にいるか聞こう。

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