第七九話 可愛いと怖いって共存できるんだ

 杏家あんけの敷地から出た私は町を歩く。


 歩きながら自分が着ている服を見ると、褚燕ちょえんに斬られたことで裂けている部分が幾つもあった。


 後で同じ服を新調してもらうとして、問題は武器だ。持っていた直刀は褚燕のせいで刃こぼれしているので打ち直してもらわないと使えない。元々、粗悪品だったのですぐに使い物にならなくなる。


「とりあえず弓と矢筒を回収しよう」


 私はその足で高家こうけの屋敷に向かった。


 高家の屋敷周りにあった死体はなくなったが血の跡を見ると争いがあったことを思い出す。もう祭祀に来ていた人達はおらず、高家の人間しか残っていない。


 屋敷の正面には高輔こうほ含む高家の親族一同と役人らしき人達が立ち話をしていた。


「事情聴取か?」


 両者の間で交わされているやり取りを推測しながら、裏庭へ回ろうとすると、


「おお!」


 私と目が合った高輔は感嘆の声を上げる。


 そして高家の親族一同も私を見て声を出していた。


「あの方は」


「我らが救世主だ」


「ほんとだわ、田豫様よ」


 凄い称えられているぞ! 


 しかも最後の声は女性じゃないか。これは初めての出来事だ。女性に様付けされるほど称えられたことはない!


 褚燕と戦ったときとは違う意味でハイになりそうだ。


 高家の人々は両手を組み、私に向かって頭を下げていた。これはもはや、崇拝だ。


「皆さん楽にしてください。今までと変わりなく接したいのが私の望みです」


 頭を下げてきた人々に手を向けて、白い歯を見せる。


「あれほどの事を成し遂げたのに着飾らないとは……さすが、田豫」


 高輔は褒めてきた。


 カッコつけているのである意味、着飾ってはいるが、とにかく気分が良い。


 有頂天な気分になった私は高輔達の前から姿を消し、裏庭へと向かった。


 私は歩きながら拳を天に向かって突き上げる。


「よっしゃああああああああ」


 死線を潜ったかいがあったぞ――


「「あっ」」


 ――裏庭に着くと、縁側に玲華れいかがいたので拳を突き上げたまま固まってしまった。


 私は何もしてませんよという顔で玲華の隣に座る。


田豫でんよ君、奇行に走るときはちゃんと、周りに人がいないか確認するんだよ」


「は、はい……」


 たしなめられてしまった。心なしか胸が痛い。


「私の武器は泊まってた部屋にまだありますか?」


 気を取り直して、武器の所在を確かめる。


「あるけど、刀はもう使えないよ」


「直せるかは分かりませんけど鍛冶屋に持っていて様子を見てもらいます」


「直せなかったら?」


「武器を新調します」


 と言うと、玲華はニコリと微笑んだので首を傾げた。


「いい物あげるよ。少し待ってて」


「え、ええ」


 戸惑い気味の私を放置して玲華は屋敷の中へと消えた。


 私は空を見上げて日が沈みかけていることに気付く。


 劉備と話すのは明日でいいか。今夜は高家から適当に兵法書でも借りて戦術の研究でもしとこう。


「田豫君! これ、あげる」


 背後から玲華が話しかけてきたので、振り向いて立ち上がる。


 玲華の両手の上には漆黒の鞘に納まった直刀が載っていた。


「高家に伝わる家宝だよ」


「そんなものを貰ってもいいんですか?」


父様とうさまの許可は得てるんだよ」


「では遠慮なく」


 私は玲華の持っている直刀を手に取り、抜刀した。


 抜き身の刀を隅々まで注視する。金色のつば、黒と金色を基調とした柄、刃渡りは二尺一寸(約六四センチ)程度。特徴的なのが僅かに刀身が内反りである(刃の方に反っている)ことと刃が分厚く見た目以上に重さがあるということだ。


業物わざものですね」


 私は感動を覚えながら縁側から外を向き、刀を右手で持つ。


 次いで、私は宙に袈裟けさ斬りを仕掛けたあと、逆手に持ち替えて斬り上げる。さらに順手に握り直したあと、右から左へ横一文字に薙ぎ払い、切り返す。


「わぁ」


 玲華が背後でパチパチと拍手していた。


「これはいいものを貰いましたよ。玲華ありがとうございます」


 私は直刀を鞘に収めて礼を言う。


「その刀は水龍刀すいりゅうとうと言って、高家の先祖様が作った刀なんだよ」


「へぇ……」


 相槌を打つ。


「代々、当主として認められた人に受け継がれる刀で、これを高家の人じゃない田豫君に渡すってことはどーいうことか……分かるよね?」


 玲華は私の顔を覗き込んで面映ゆそうにしていた。


 つまり。


「高家の財産を託すのに相応しい男だと、そういうことですね」


「う、うーん。財産以外に何かないかな、人とか」


 玲華は両手の指を合わせてもじもじとしていた。


「高当主は私に私兵を託してもいいと思ってるってことですね! いやぁ、ついに私も来るところまで来ましたね」


 いつもなら謙遜してるフリをしていたが、周りに玲華しかいないので図に乗った。すると、何故か玲華は溜息を吐いていた。


「あれ? 違うんですか?」


「違くないけど……。あーあ、田豫君って女好きなのに鈍いね」


 お、女好き⁉ 私が⁉


「そ、それは聞き捨てなりません。誤解ですよ、そもそも私は女性に免疫はなかったので、そう言った情事に興味というか、違う世界の話だとずーっと、ずーっと前から思っていまして、ええ。だから、女好きとかではなく――」


 思わず早口で捲し立てる。


 女好きと思われたら、玲華の好感度が下がってしまう。弁明しなければ。


「もうすっごい、動揺してるんだよ」


「いや、だからですね」


「もういいんだよ。それより」


 玲華は両手で私の右手を包む。


「玲華?」


「あの緑頭巾の人達と一緒に太平道の人を倒すんだよね」


 緑頭巾といえば関羽のことか。


「はい」


「じゃあ、戦いが終わったら帰ってきてね」


「顔は見せるつもりですけど。状況次第じゃ、すぐに戻ってこれないかもしれません」


 玲華は右手だけ、私の手から離したかと思えば、


「戻ってくるんだよね」


「ひぇ……」


 右手の中指に峨嵋刺がびしという暗器を装着していて、見せつけてきた。


「もちろん戻ってきますよ。立て込んでてもなるべく早く戻ります」


 私は玲華を刺激しないように言葉を選んだ。


「じゃあ、待ってるからね」


 玲華は可愛らしく、小首を傾げていた。

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