第八一話 義勇兵が多い理由の一つ

 庁舎が集まる敷地にて。


 辺りを見渡しながら歩いていると、役人達と目が合う。


「あっ……」


「お……」


 皆、声を漏らして顔を反らす。


 嫌われている?


「そんなはずはないと思うが」


 この町を救ったのは私だ。もちろん、劉備りゅうびが兵を率いてくれたり、高家こうけの協力もあったおかげでもあるが、私の功績に依るところも大きいはず。


 我、陰の功労者ぞ。避けるなんておかしい。


 役人達の反応を不思議に思っていると、


田豫でんよ!」


 私を呼ぶ声がした。私のファンに違いない。


 やはり、役人は私の存在を好意的に捉えていたのだな。


 呼ばれたからには反応してあげよう。


「この私に何か――」


 声がした方向を振り向くと。


「ようやく見つけたよ」


夏舎かしゃじゃないですか! なんでここにいるんですか!」


 彼の名前は夏舎、私より一歳年上で、異民族の言葉と文化に精通している今時珍しい国際的な男だ。このご時世に珍しくマッシュルームヘアではあるが、根は真面目だ。


 公孫瓚こうそんさんに付き添って鮮卑せんぴ族を討伐しに行ったとき、夏舎は異民族の交渉役として、公孫瓚の部下に無理やり連行されてきた可哀想な人である。


 彼の名は後世でも伝えられており、どうやら私の部下だったらしい。しかも私の命で鮮卑族に派遣され、殺害されたという可哀想なエピソードがある。不憫に思った私は、異民族討伐時は彼とよく話をしていた。ただ、善意だけで話しかけたわけではない、異民族の言葉を教えてもらうためでもある。


「僕達のこと何も聞いてないの?」


「何も聞いてないってどいうことですか」


 オウム返しで尋ねる。


「僕達は君が挙兵すると聞いたからわざわざ劉殿りゅうどのと一緒に来たんだけど」


 私は夏舎の言葉を聞いて、思考を巡らせる。


「ああ、なるほど。劉殿の兵が思ったより多いと思ったら自分の名だけではなく私の名も使ったんですね……ただあれだけの人数が揃うとなると他の理由もあるとは思うんですが」


 腑に落ちないことがまだあるが今は置いとこう。


「とにかく、夏舎がいるということは南匈奴みなみきょうど族の人達もいるということですね」


 鮮卑族討伐時、閻柔えんじゅうが言ってた通り、鳥丸うがん族は朝廷に頼まれて援軍を出していたが、南匈奴族も援軍を出してくれていた。鳥丸族は漢王朝に対して服従はしていないが南匈奴族は服従しており、漢王朝の領土内に住むことが許可されている民族だ。


 南匈奴族にはある程度、漢民族の言葉と文化が浸透していたので話がしやすく、異民族に精通している夏舎を通して仲良くなっていた。


 また、劉備も私に便乗して公孫瓚に付き添っていたので、私が夏舎や異民族と交流を重ねていることに目を付け、私の名を使ったのだろう。


「その通りだ。ちなみに僕達は君に従うことになっているんだ。劉殿は君に劣らず面白いが、やはり、付き合いが深い君の下で動きたいからね」


 彼の前で何か面白いことをしたことがあったか?


「しかし今思いだしても面白いよ。戦いで行方不明になった田豫が匈奴族の村に帰ってきたかと思えば真っ裸だったもん」


「つっ!」


 私は吹き出しそうになるも、なんとか堪えて言葉を継ぐ。


「色々、大変だったんですよ」


「あのときは戦死したかと思ったよ」


「でも一番大変だったのは村に戻ってからですよ。変質者だと思われて匈奴族の女の子達に縛り上げられましたし、そのまま燃やされそうになりましたからね」


 私達はしばらく思い出話をしていた。


「――そうだ。南匈奴族の人らに会いに行こうよ。近くにいるから」


「誰が来てくれたんですか?」


「住んでた村を出て田豫に付き従う連中は決まっているだろ」


「確かに……あの兄妹しかいませんね」


 私は南匈奴族のとある兄妹の顔を思い浮かべながら、夏舎に付いて行った。

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