第六九話 最良の結果を得るために

 すでに劉備りゅうびは内密に兵を集め、挙兵する準備が整っていた。劉備が率いているであろう兵の数を目算する限り、予想よりも数が多い。


 劉備が兵を集めても、三〇〇人程度しか兵がいないと思っていた。いくら商人や親族、悪友達が協力してくれるとはいえ、装備や兵糧を揃えなければならいない問題もある。しかし、劉備の兵は予想の三倍以上はいる。それに何故か貴重な騎兵もいる。どこでそんな戦力を得たんだ。私が早めに挙兵を促しつつ兵法を読むように勧めたおかげもあると思うが、他にも要因があるはずだ。


 いや、兵が多い理由は考えなくていいか。多ければ多いほどいいのだから。


 とにかく、あの兵力を自由に動かすことができるのなら、状況を打開できるかもしれない。


 ――――ジグソーパズルを一片の迷いもなく組み立てるかのように、脳内には戦況を打破するための案が浮かぶ。


 豪族、官軍、黄巾賊の兵数。


 劉備率いる義勇兵、その中にいる騎兵の数。


 県城けんじょう内にいる人々の動き。


 今、戦場を取り巻く、様々な要因と状況を鑑みて考えうる限りの最悪の結果と最良の結果を予測する。


 最良の結果を考えた私はついついニヤけてしまったので、右手のひらで口と片目を覆い隠して、いかにも何かを考えてそうなポーズで振り向き、張飛ちょうひ閻柔えんじゅうの二人と向かい合う。


「ちなみに聞いて驚くなよ、兵の数はな――」


「張飛、今すぐにりゅう殿のところに戻って兵を動かしてもらえますか? できれば私の言う通りに動かしてください」


 張飛が話そうとしていたが言葉を被せた。兵の数はある程度、目算できているので聞かなくてもいいと判断した。


「やたらと急いでるんだな」


「ここにも戦火が及ぶ可能性がありますからね」


「納得いく作戦なら聞いてやろう」


「では閻柔も聞いてください」


「分かった!」


 私は逡巡し、口を開く。


「騎兵を全員、北門にいる賊にぶつけてください。特に手薄そうな後方を狙って突破させてください。詳細は省きますが、すでに賊のかしらは討ち取られているので、混乱し、陣形は整っていません。兵法に長けたものが賊を上手くまとめていますが、すぐに兵をまとめて攻撃に転じているので指揮官は前線にいる可能性が高いです。なので、後方を狙えば、相手は総崩れします」


「二〇〇人の騎兵、全員向かわせていいのか?」


「構いません。先ほども言った通り相手の陣形は整っていないので突破できるはずです。そもそも相手は歩兵がほとんどなので機動力はなく、騎兵による突撃をまともに受けるはずです。騎兵で相手を突破したあと、劉殿りゅうどのに八〇〇人の歩兵を率いてもらって突っ込ませてください」


「分かったぜ。相手を崩したあとに包囲するんだな、でもその数で包囲できるのか? 無力化できても何倍も多い相手を囲むのは無茶じゃあねえか?」


 張飛は脳筋そうに見えて、戦術的知能に優れているので理解が早くて助かる。


「北門を開けて官軍と豪族の兵を突っ込ませます」


「それなら包囲できそうだな、よし乗ったぜ!」


 そのあと、指示通り、兵を動かすために張飛を劉備のところへ戻らせた。そして閻柔には北門を開けさせるためこう当主のところへと向かわせた、官軍より高当主の方が融通が効くと判断したからだ。高当主がいるであろう場所と赤い頭巾を被っていることを伝えたので、高当主を見つけ出すまで、そう時間はかからないだろう。


 二人と解散する前、張飛は残り一〇〇人の兵士がいるけどどうすると聞かれたので高家の屋敷に向かわせるように伝え、状況が状況なだけに県城内には入らせてもらえない可能性があることも言った。張飛は怪訝そうな顔で、そんなに賊が中に入り込んじまったのかと聞かれたが、念のためだと答えた。


 もし、私の推理が正しくて、事態が悪い方向に進んでいるのなら今頃、高家の屋敷で異変が起こっているはずだ。


 そして、無事、最良の結果が得られれば、劉備だけじゃない私自身が飛躍できる。手に入るのは名声や功績だけではない、魚陽郡中の豪族の手綱を握れる。高家だけではなく腹の底が見えない杏家だって手中に出来る可能性が高い。


「そもそも、敬家けいけの三人だけで玲華を、しかも高家の屋敷の中で人質にし続けるのは無理があるからな、どこかに潜ませているに違いない……そうだろ――」


 最後にとある人物の名前を言い放ったあと、口の端を吊り上げながら、高家の屋敷に向かった。

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