第一一六話 曝け出された敵本陣

 薊県けいけんでの第二戦を制したあと、


「これはいい馬だ!」


 義勇兵達は戦利品を物色していた。特に馬は大人気だった。


 端的に言ってしまえば馬は貴重で高価だ。


 それに騎兵になることさえできれば、戦闘能力を大幅に上げることができる。歩兵が馬上の騎兵を直接殺傷することは難しい。数人の歩兵が騎兵を囲み、長柄の武器で突き刺すしかないうえに馬自身にも生存本能があり、危険を察知すれば後ろ足で蹴る行為に出るからだ。


 皆が戦利品を物色し終わった頃、私は趙雲と話し合う。ちなみに趙雲は折れた槍の代わりに白爵はくしゃくが持っていた幅広の大剣を背負っていた。


「つまり今は挟撃し始めている段階だということですか?」


「ああ」


 私の言葉に趙雲は頷く。彼からは前線が今、どういう状況なのかを聞いていた。


 私が黄巾賊の後陣を混乱に陥らせたあと、官兵及び義勇兵の混成軍は相手の異変に気付き、破竹の勢いで攻めていたらしい。また、劉備りゅうびは私が薊県けいけんに残した兵の存在に気付き、混乱を起こしているのは私の仕業だと気づいてくれたらしい。


 そして混成軍側は、さらに黄巾賊を混乱させるために兵を割き、黄巾賊の後方を攻撃しているとのこと。


「俺が率いてきた兵と混じるが、この軍の指揮はどうする?」


 趙雲は出立準備が整った義勇兵を見ていた。


「指揮は別々のままでいいと思います。私は私が連れて来た兵を、趙雲殿は趙雲殿が連れて来た兵を指揮しましょう」


「不変を好むか、それもいいだろう」


 趙雲と話していると厨二心が刺激される。


「しかし戦況に応じて変わるかもしれませんよ。時代が常に変わるように」


 正直、自分でも何言ってるか分からない。


「ふっ……それも良き」


 とりあえず私は趙雲と一緒にニヤリと笑った。厨二的な世界の雰囲気を味わった。


 すると呼銀こぎんが横を通り、


「なに言ってんだこいつら」


 と、吐き捨てた。


 それはともかく私達は出立することにした。


 道中、黄巾賊――太平道の戦力について考えていた。


 ほうと呼ばれる三六の軍を率いる太平道。方の指揮官である小方しょうほう大方だいほうがそれぞれ何名いるかは分からないが両者合わせて三六名には変わりない。そのうち四名は亡くなった。従来の歴史では、この時点で小方も大方も亡くなっていない。


 つまり今の時点で、この世界線の太平道は従来の歴史と違って大幅に戦力を落としたということになる。


 ――――私はまたまた川を越えて、黄巾賊の後方を攻めている混戦軍の陣の一つへと赴いた。他の義勇兵には陣の外で待機してもらう。


「あ」

 

 思わず声を漏らす。師である顔仁がんじんの姿が見えたからだ。


顔県尉がんけんい!」


「よう、随分と活躍しているらしいな」


 私は官兵と向き合っていた顔仁に話かけた。


 顔仁は顎を動かし、官兵が退くよう言外に指示した。私は官兵と入れ替わるようにその場に立つ。


 顔仁と最後に会ったのはいつだったか。とにかく故郷で募兵してから二カ月近く経つはずだ。


「今回、お前さんには随分助けられちまったな。とにかく、よく生きててくれた」


 顔仁は無骨で感情を表に出さない男だが、照れ臭そうに私の肩を軽く叩く。


「それはお互い様ですよ」


「ちっ、生意気言いやがって」


 顔仁は口では悪態を吐いているが心なしか口元が緩んでいるように見える。


 私は顔仁と熱い握手を交わす。


「で、早速だがおめえら、今から動けるか?」


「もちろん動けます」


「よし、矢は官軍のものを貸す。敵が射程距離に入ったら撃ってくれ、前線には敵味方入り乱れてるからな、近寄れねぇと思う」


「承知しました」


 私は顔仁から命を受け、行動を開始したのだが私達が戦線に加わる頃にはすでに敵本陣が曝け出されていた。


 戦線では体が大きく、大刀を振り回している男――関羽かんうが豆腐のように敵を大刀でスパスパ斬りまくっているのが目立っていた。


 平野で挟撃できている以上、勝率は高い。


 私達は矢を放ち、近接戦闘している仲間を援護していた。


 ――――数刻経った頃。日が落ちると同時に決着がついた。


 何故なら敵の指揮官である大方だいほう(黄巾賊の役職)は勝機を見出せなくなったのか、自らを麻縄で縛って降伏したからだ。


 私達は薊県を救った。いや、幽州が危機的状況に陥るのを救ったわけだ。もちろん、私自身は戦況を変えるきっかけを作ったに過ぎず、官軍と劉備率いる義勇軍が表立って戦ってくれたおかげなのは百も承知だ。


 さすがにいつものように調子には乗らなかった。それどころか戦いが終わると私の体は一気に気怠くなった。


「はぁ……疲れた」


 と、呟いて薊県の県城けんじょうへと仲間達と共に入城したのであった。

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