第五六話 茶化すにしても言葉は選ぶべきだった
私は未だに頭を
「やっぱりあの件かな、あの件しかないよね」
今、高家の屋敷――六階建て木造建築物の最上階に位置する部屋へと向かっていた、
「
私は六階に着くと目の前にある
平常心だ。落ち着くんだ、もしかしたらあの子らの件で呼び出されたわけじゃないかもしれない何も確定してないんだ。数刻前に披露した騎射が素晴らしすぎて改めて褒めてくれるかもしれない!
「――わしらの娘がな、急に婚約そのものを拒否し始めたのだが何か知らぬか?」
現実は無常……私はこれから問いただされるんだ。
「
「いやぁ、見当が付きませんね。いやぁ、本当に不思議ですね」
私は腕を組み考え込むフリをした。
眉間に
「「そうか……」」
そう言うと、高輔と杏鳴はため息を吐いた。
あれ? ばれてない? 私が言ったことが原因で婚約を嫌がったことを。
しばし沈黙の後、私は切り出し、
「退室してもよろしいでしょうか、そろそろ愛馬に
ちなみに私の愛馬はすでに寝ている。
「すまぬな田豫。何か分かったら教えてくれ」
「ええ! もちろんです」
「今夜はゆっくり休むとよいぞ」
「はい」
高輔との会話もそこそこにし、身を翻して退室した。助かったがこれは運が良かったというより余計なことを言わないあの子たちの性格に救われに違いない。
とにかく今夜は安眠できそうだ。
屋敷の一階に降りると縁側に杏英が足を出して座っていた。
近づいて声をかけてみよう。
「こんなところで何をしてるんですか?」
「お前か」
杏英は二の句を継ぐ。
「別に何もしてないのだ」
「つまり暇人ってことですかって、
横に腰かけたら
「いきなり何をするんですか」
「田豫と違って色々と悩んでる最中だ。暇人ではない」
「もしかして婚約の件ですか?」
少し間が空いたあと、杏英は私を一瞥して口を開く。
「今回の祭事にあたしの婚約予定の相手が来ているらしいのだ」
「えっ! そうだったんですか」
豪族の嫡女の嫁ぎ先は当然、勢力を伸ばすために有力な
そうでなければ政略結婚をさせる意味がないからだ。
杏英の結婚相手は財と権力を築き上げた人物、つまり結構なお年を召された方になるかもしれない。
「ん?」
杏英を見やると彼女は小首を傾げる。
くっ! この時代には良くあることだがこんな
「おのれ‼‼‼」
「うわっ! びっくりした」
私は想像を膨らませているうちに思わず立ち上がって怒気を込めた言葉を放つ。
一方、杏英はこちらを見て身を縮こまらせていた。
「急にどうしたのだ」
「い、いやぁなんでもないですよ。あはは」
「変な田豫。まぁ変なのはいつもだけどな」
そりゃどういうことだ。
「やっぱり、田豫が言っていた気心知れた人同士で結婚した方が楽しいと思ったんだ、その
完全に私のせいで新たな価値観が植え付けられている。
しんみりとした雰囲気になりそうだから茶化すか。
「杏英は少々、お転婆で気が荒いところがありますからね。相手が嫌がって婚約の話は流れるかもしれませんよ。『手が付けられない、まるで野生児のようだ! 杏家にこの子を返却します』とか言い出したりして、はっはっはっは」
「っ! 剣を抜け田豫! ムカつくから斬ってやるのだ!」
大仰に笑ってると直刀の切っ先が私の視界を覆った。
「落ち着いてくださいって、うわっ! 振らないでください! 怪我する! 落ち着けよ!」
「逃げるな!」
「殺す気かよ」
敬語を使う余裕もない。庭園を駆ける私の背を追う杏英。
というか手に持ってるの私の直刀では?
確認のため。腰の鞘を触るとあるべきはずの物が刺さってない。
杏英のやつ剣を抜けとかいいつつ私の剣を使ってるのか。
その後、私は背後を気にし過ぎて前方不注意により庭園にある大木にぶつかって捕まった。
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