第二九話 話しやすい子だけど勘が鋭い

 私は高家こうけから二階にある角部屋を与えられた。部屋は一〇畳程度で悠々と過ごせる。落ち目とはいえ客人をこれだけの部屋を住まわせるとは。


「さすが豪族だ」


 思わず満足げに呟いた。


 ただ、その反面、私に対する期待が感じられる。重くのしかかるプレッシャーを解消する為に頭を回転させるか。


「さてと」


 私は広い部屋をゴロゴロと転がる。縦横無尽に。


「外食業か……」


 前世から引き継いだ知識を思い起こす。


 確か、この時代で売りに出されている食べ物は馬肉や鴨のあつもの(吸い物)、魚の油揚げ、豚の丸焼き、甘い味付けにした豆などなど……。これらの代替品として安定供給が出来て、庶民から豪族や官僚に幅広く親しまれる食べ物を思いつかなければならない。更に従来の料理を超える話題性と人気度を獲得しなければならない。つまり、落ち目の高家を救うレベルの料理が必要だ。


「む、無理ゲ―過ぎる」


 上体を起こし頭を抱えてしまった。


 思案に耽りながら独り言を言っていると何時の間にか夕方になってしまい。半分諦めた気分で私は部屋の真ん中にある、ちゃぶ台の様なものに身体を預けて倒れていた。どうしたものか、と思っていると誰かがふすまを廊下側から叩く。


「なんですか?」


 私は襖越しに呼び掛ける。すると、少し開いた襖の間から覗き込む人物が居た。


「えっと……誰でしょうか」


 少し戸惑うも尋ねる。どうやら、女の子が覗いてるみたいだ。私より一つか二つ下と見た。


「貴方こそだぁれ?」  


「私は田豫でんよと言います。少しの間だけ、高家のお世話になります。ご迷惑をお掛けするかもしれませんが宜しくお願いします」


 立ち上がって彼女の問いに答えた後、一礼をした。


 相手が女の子なので、屋敷で働いている使用人には見えず、侍女にも見えない。となれば高家の血縁関係に当たるものと考えたので慇懃いんぎんな態度で接する事にしている。


田豫でんよ……? 雍奴県の?」


「そ、そうです。あの田豫です」


 『あの田豫』とか言ってしまった自分が痛々しい。見知らぬ人が私の名前を知っているという事実にテンションが上がってしまったせいで口走ってしまった。


 警戒心を解いたのか、女の子は部屋に入ってきた。雪のような肌の持ち主で背中まで伸びた長い髪がきらめいている。可愛らしい顔立ちといい小動物を思わせる様な雰囲気を身に纏っていた。


「わたしの玲華れいか高玲華こうれいかだよ。田豫でんよ君、よろしくね」


「宜しくお願いします。やはりこう当主の娘さんで?」


「うん! そうだよ」


 朗々ろうろうとした玲華はとても話しやすそうで、好印象を与えてくれた。彼女が座ったので私も向かいあって座る。それにしても、彼女は何故――、


こう殿は何故、部屋を覗いてたんですか?」


「そんなにかしこまらなくても、玲華でいいのに」


「じゃあ気兼ねなく玲華と呼ばせていただきます」


「ありがと」


 そう言って、玲華は逡巡しゅんじゅんした後、


「なんか部屋からぶつぶつと言ってる声が聞こえてきたから、何なんだろうー? って思ったんだよ」


 なるほど。確かに考え込んでぶつぶつと独り言を言ってた気がする。


「少し悩んでいるんですよ」


「なにで?」


「実は、今その…………高家の財政状況を解決する為に外食市場を盛り上げる手伝いをしていて新しい料理を考えているんですけど、中々思いつかなくて」


「ふぅん、そうなんだね」


 後ろめたさがあった為、少し言い淀んでしまった。今の高家は豪族としての体面を崖っぷちで保っている。しかし、落ちる所まで落ちてしまえば、玲華だって苦しむ事になる。私が杏家に策を献じたせいで。普通に胸が痛いんだが!


「……ほんと、なんかすみません」

 

 俯いてそんな事を呟いてしまっていた。当然は玲華は首を傾げ、


「なんで、謝っているの?」


「いや、あはは。衣食住を提供してもらって申し訳ないなと、思ったんですよ」


 乾いた声で笑い、その場を取り繕ったつもりだったが、


「あやしぃ……」


 私は訝しげな表情で見られた。


 鋭い感覚の持ち主だ。その年齢で女の勘みたいなのを働かせないでくれ、ジロジロ私は見ないでくれ。


「やっぱり、何か隠してる?」


「いや、隠してませんよ」


 問い詰める彼女に対し私は真剣な顔で対応する。


「何か隠してるでしょ」


「隠してません」


「隠して――」


「ない」


 私は相手が言い切る前に言葉を被せた。すると、玲華は口を尖らせてしまう。


「ねぇ、田豫君。人はね、無意味に謝らないんだよ」


「私もそう思います。でも多分……隠し事を言ったら、追い出されてしまいますよ。私が」


 はぐらかす事に失敗したので、含みのある言い方をしてみた。追い出されるだけでは済まないかもしれないけど。

  

「じゃあ、何も聞かないね」


「えっ、いいんですか?」


「だって、もっと貴方と仲良くなりたいから……」


 と尻すぼみに言う玲華は目を伏せてチラチラとこちらを見る。もしかしたら彼女は同年代の友達が少ないのかもしれない。豪族の子だから庶民の子にとって近寄りがたい存在になっている可能性がある。故に彼女は友情というものを欲しているに違いない。  


「玲華、ありがとうございます!」


「感謝してね」


「へっへっ、そりゃもちろんですよ」


 何故か、下っ端の山賊みたいな態度をとってしまった。恐らく、追い出されるレベルの秘密を抱えているという事を口止めしてくれるので反射的に媚びを売る様な態度を取ってしまっていた。


「あはは、なぁにそれ」


 口を押えて笑ってくれたからよしとしよう。


 その後、玲華は父である高輔こうほに呼ばれていった。時間帯からして、食事を摂りにいったに違いない。一方、私は与えられた部屋で高家の使用人が持ってきた食事を摂った。さすがに一大産業を築いたとだけあって料理は美味しい。さすがに高家も今日一日で私が何かしらの案を思いつくとは思ってないだろうし、今日のところは早々に寝る事にした。

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