第三〇話 これが転生者のアドバンテージだ

 一晩明けて、肌寒い朝を迎えた。そろそろ雪が降る季節が近いかもしれない。


 今は寝具しんぐから出たくないし、昼まで寝たいのが本音だが図々しい客人だと思われたくないので私は、あえて勢いよく寝具から飛び出した。


 前転して、床に着地!


「あっ」


 私が奇行に走っていると、丁度、ふすまが開いて高家の使用人が現れた。


「お、おはようございます」


「……朝食、置いときます」


「あ、はい」


 気まずい雰囲気なまま、使用人は去って行った。恥ずかしすぎる。とりあえず、朝食を摂るとしよう。


「いただきます」


 手を合わせて日本風の食事の挨拶をし、使用人が置いてくれたぜんをマジマジと見る。そこにはシンプルな朝食が載っていた。焼き魚、ショウガの煮汁、そして蒸された穀物類――あわきびまめの粒――が一つの食器に区分されて円状に置かれてた。かなり鮮やかだ。ショウガの煮汁があるのは身体を温めてくれということなんだろうか? なんにしても、ありがたい。   

 

 箸を動かし、食事を摂り続けていると、次第に寒くて縮こまった身体に活力が湧いてくる。ようやく目が覚めた気がした。


「――ふぅ。腹がパンパンだ」


 食事を終えた私は一息ついて、お腹を擦ってた。腹持ちのいい穀物のおかげで少々、お腹が張ってしまっている。でも、戦場に出れば穀物を摂り続ける日々が何カ月も続くに違いない。最近は狩りのおかげで贅沢な食べ物を味わい続けているので、今後の事を考えると億劫おっくうになってきた。


 いかんいかん、まずい傾向だ。試しに主食だけを何日も食べ続ける訓練でもしようかな。


 ん? 待てよ……主食……?

 

 その時、私こと田豫でんよの脳内に電流が走る!


「そうだ! これは……いける!」


 高家こうけを建て直せるアイディアを思いついてしまった! 昨日は主菜や副菜――おかず――のメニューばかり考えていたが、主食そのものを流行らす事が出来れば、需要が無くなる事がない!


 私は知っている、この先、流行る主食を! それを少し先取りすればいい! これが転生者の圧倒的アドバンテージだ!


「よしよし!」


 テンションが高まるあまり、思わず立ち上がった私は拍手をしていた。自分自身に向けて。


「あっ」


 すると、またタイミング悪く襖が開かれ――。


「頭、大丈夫?」


 とこう当主の娘であるこう玲華れいかに言われた。


「違うんです。これは思いついたんですよ。高家を持ち直せる案を」


「良い事が思いつくと、拍手しちゃうもんなの?」


 言われてみればそうだ。なんで拍手なんかしたんだろう。


「と、とりあえず! 厨房に私を案内して下さい」


「うん、分かったんだよ」


 その後、玲華に付いていくと、中庭を抜けた先にあるもう一つの屋敷へと辿り着いた。いわゆる別館なんだろうか。


 その別館の一階には広々とした厨房があった。本館にも厨房はあるものの、玲華いわく、多くの客人を呼んでお祝いをする時はここで料理をするそうだ。この厨房が最も稼働する時は中庭で宴をするときらしい。


 外食産業を築いたとだけあって厨房は見事に整理整頓されていた。様々な土造りのかまどが並んで置いてあり、壁際に置かれた棚には鍋や釜の調理器具、そして、食器がある。また、棚の横には取っ手付きのおけが幾つかある。井戸や川の水を運搬するための桶と思われる。


「料理するの?」


「一先ず、私が欲する材料があるかを確認します」


「頑張ってね」


 玲華はそう言って、朗らかに微笑んだ。良い子だ、私こと田豫は感激した。


 とりあえず、部屋の隅にある樽の中を覗く。


(この樽の中は稲の粒で……隣の樽は黍の粒だ。どこかにあると思うんだけど……)


 不安になりつつも物色を続け――、


「あった!」


 と声を上げると、玲華が近寄り、私が見ている樽の中を見る。


「これ、小麦だよね?」


「はい。これからは小麦を使った粉食ふんしょく、つまり小麦を加工した食物が流行るんですよ……いや違う、もう、流行り始めているんですよ」


「そぉなんだ! やっぱ田豫君って凄いね」


「そんな事ないですよ、うへへ」


 思いっきりニヤけてしまった。


 ともかく運よく小麦があって良かった。中国は古来より、穀物を粒食りゅうしょくで食べていた為、小麦も自然と粒として食べてしまっている。小麦の粒にはみぞが付いていて、その部分の外皮がいひを除くのが大変難しく、皮が付いたまま食べたとしても美味しものではない。その為、小麦は粗食そしょくとされていた。


 しかし、この時代では密かに小麦の粉食が広まりつつある。私が知る限り三国時代には北方地域で粉食は定着している。その定着を少し早めてやる。 

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