第三一話 これから流行るパン食について

 小麦を見つけた後、一旦、場を離れて高家の人々を厨房に集めることにした。彼らに私の案を進言して、有用性を語ってやる! という事だ。


 今、周囲には当主である高輔こうほ、その娘であるこう玲華れいか、そして高家の私兵や使用人らが居る。


粉食ふんしょくとな……!」


 先程、私は「粒食りゅうしょくから粉食の時代になります」と言ったので高輔は興味深そうに呟く。


「小麦を使ったものが本当に売れるのか?」


「庶民はともかく舌の肥えたお偉いさんには売れないだろ」


 なお、高家に仕えている者達は懐疑的な目を私に向けていた。無理もない。現在、小麦は粗悪な食品として扱われているのだから。


 だが、彼らの言葉は覆せる! 前世の知識で!


「実は、みやこである洛陽らくようでは小麦を使った主食が流行はやっているんですよ。しかも、その流行の発端は霊帝れいていが好んだためともいわれてます」


 現皇帝――霊帝れいていの名を使うことで説得力は確実に増す。事実、霊帝は遊牧民族と西洋の文化に心酔しんすいしているので様々な料理を口にしていて小麦を使った、とあるものを好んでいる。


「おお……」


 周囲の人達は感嘆する。どうやら絶大な説得力があったみたいだ。凄く良い気分だ。


「しかし、どうやって洛陽の情報を手に入れたのかね?」


 高輔は最もらしい疑問を口にする。転生者だから知っていました! なんて言える訳が無い。なので――、


「家の近くに寄った商人から聞きましたよ。他の商人も同じ事を言ってたので間違いありません」


 とぼけてみた。こんな所でつまづいてられないので、さっさと本題に入りたい。ちなみに高輔は「ふむ」と納得したような声を出してたので問題ない。


 というか、高輔、ちょろ過ぎる。


「どんなものが流行ってるの?」


胡餅こへいというものです。」


 玲華の質問に答えると、彼女は小首を傾げていた。


「聞いたことないんだよ」


「それを今から説明します。ちなみに先程言った、霊帝が好んだ主食が胡餅こへいです」


「そんなの本当に作れるの?」


 玲華が不安そうに言うと周囲の人達が思案顔を浮かべる。皇族が好む以上、高価値なイメージがあるのだろう。恐らくコストパフォーマンスの面で心配しているに違いない。


「皆さん、安心して下さい。小麦を小麦粉にするには少々、手間がいりますが胡餅こへいを作るのはそう難しくありません。どのようなものかというと――」


 私は胡餅こへいについて説明し始めた。


 二一世紀の言葉を借りるなら胡餅こへいは小麦粉をこねて焼いたもの、つまり、パン食のようなものだ。発酵していないため、食感はナンやピザに近いと思われる。外観は平らで円形であり、上に胡麻ごまかれている。


 どのようにして作るかというと、植物油とお湯で小麦粉に水分を浸透させた後にこねて『胡餅炉こへいろ』と呼ばれるかまの中で焼く。その構造はナンを焼く窯と似ている。外形は円錐形で底部が広くなっており、底部で石炭を燃やして内側に貼り付けた小麦粉を火に炙ることで出来上がる。


 ちなみに、三世紀頃――約一二〇年後には発酵技術が確立されてパン食は膨らんだものになる。もちろん私はその発酵法を知っているが、ここで持っている手札を惜しげもなく切るのは勿体無いので言わないでおこう。


 胡餅こへいの外観、製法について一通り説明し終え――、


「ただ、胡餅こへいを焼くための窯が無いと思うので鉄板で代用したいと考えています。それと、焼いた羊肉や牛肉を挟んでやると食べ応えのあるものになると思いますし、値が張りますが胡餅こへい蜂蜜はちみつを混ぜて甘い食べ物として出すのもいいと思います」


 私は思いつく限りのアイディアを出す。

 

「これはいけるかもしれない!」


「主食そのものを変える考え方が凄い!」


「うちの養子になって、娘と結婚してくれ!」


 高家の人達は興奮し、私の案に賛同していた。わけの分からないことを言う人もいたが。


「お主を呼んで良かった……助かる」


「高当主、お褒めに預かり光栄です。ただ、まだ何も成し遂げてないので、感謝の言葉は事が終わった後でお願いします。この田豫、しばらく力添えできるよう尽力してあげましょう」


 ここで謙遜するのがカッコいいと思ったのでやってみた。


「おお。お主は本当に素晴らしいの」


 簡単に当主は感激した。これで私の人格面も評価されたに違いない。よしよし。


「田豫君、そんなキザだったけ……? もしかしてカッコつけてるの?」


「うっ……いや、違いますよ。思ったことを言っただけですよ……はは」


 私の心を見透かすような玲華の発言にドキリとしてしまう。彼女は父親に「こらこら」といさめられたのでそれ以上、追及してくることはなかった。


 今日のところは小麦を小麦粉にする作業に取り組むという事になり、翌朝、高家オリジナルの胡餅こへいを作って試食する事になった。

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