第二八話 高家の当主もクセが凄い

 私と周琳しゅうりんが入った一室には坊主頭の中年男性がいた。どうやら彼が高家こうげの当主らしい。年齢は四〇代と思われ、ちょっとした口髭がワイルドさを物語っていた。


「どうぞ、座りたまえ」


 高家の当主は私達を見ると即座にむしろ(藁やイグサなどで編んだ敷物)の上に座るように左手を差す。素直に従い、二枚敷いてある筵に周琳と分かれて座った。なお、坊主頭の彼も筵の上に座っていて、右腕が脇息きょうそく――簡易的な木製の肘掛けに寄りかかっていた。


 少しばかり緊張する。私の進言によって高家が没落した事がばれてないという保証はないのだから、ナチュラルに怖い。


「お主が田豫でんよか?」


 少し体が強張ってしまうが、ここは冷静にならなければ!


「はい。幽州ゆうしゅう漁陽ぎょうよう雍奴ようど県出身の田豫と言います」


「ふむ……そちらは?」


 私が自己紹介を終えると高家の当主は周琳の方を見やり、尋ねた。頼むから、普通に自己紹介してくれよ。君がヘマをすると、こっちの心象が悪くなるのだから、と保身的な心情だったが正直、期待はしてない。


「俺は周琳。あざな伯昭はくしょうだ。雍奴県の兵卒でして、へへっ」


 口許くちもとほころばせて鼻を擦る周琳。もうちょっと行儀を良くしてくれと思ったが高家当主の様子を見る限り、機嫌を損ねたという事はなさそうだ。


「わしは高輔こうほ、字は子義しぎという」


 そう言って、高輔はかしこまって頭を軽く下げ、反射的に私達も一礼をした。 


「呼び寄せてなんだが……二人はどうして漁陽ぎょよう県へ?」


「実はてい県長けんちょうが外食産業に力を入れて街を改革したいとの考えをもってまして、そこで巷で噂になっている漁陽ぎょよう県の外食市場を見に来たんです」


 高輔の疑問に私は答える。


「それはそれは、見苦しい惨状をお見せしてしまったようで……」


 申し訳なさそうに頭をいて尻すぼみに言葉を返してくれた。彼に不遜さはなく、私達と対等の立場であるかのように振舞ってくれている。見た目のワイルドさとはギャップがある人物だなと思う。こんなに良い人が騙される世の中が許せない! 


 まぁ……私のせいで高家は落ちぶれたんだが。


「そうだな。市場は何も無かったっすね~」


 黙れ周琳しゅうりん。気を遣え。美味しいニラ玉があっただろ。


「お主の言う通り……父親から継いできた市場は……うっ」


「大丈夫ですか」


 突然、嗚咽おえつを漏らす高家の当主に声を掛ける。すると、


「うわぁぁぁ! わしはお終いだぁぁぁぁぁ‼」


「「⁉」」


 高輔は床に両手をついて項垂うなだれ、嘆き始める。当然、私達はそんな様子をみて呆気にとられる。それと同時に、高家が私の策にはまった理由が分かった気がする。確かに嘆きたくなる状況ではあるが、漁陽ぎょよう郡で一、二を争う豪族の当主が客人の目前で醜態を晒すあたり、精神的に弱いのではないかと考えられる。


「あの、しっかりして下さい」


 私は高輔を元気付けるように肩を優しく叩く。


「まっ、気にしない方が良いかと! 人生長いからな、今回の事は受け入れて諦めっ、痛っ‼ で、田豫殿いきなりなにをするんだ」


「少々、高輔当主に失礼ですよ」


「そうか?」


 失礼な周琳の頭部を平手で思わず叩いてしまった。そんな彼は悪びれもなく頭を掻いていた。


 高輔は頭を上げて「ごほん」と咳払いをし、口を開く。


「……すまない、取り乱してしまった。改めて頼もう。田豫よ、聡明なお主の力を貸してはくれぬか」


「えっと……なんで私なんですか? 大人の方に頼んだ方がいいかと」


「大人は信用出来ぬ」


「そ、そうですか」


 彼は人間不信になっていた。一度でも精神的ダメージを受けると駄目なタイプに違いない。そう考えると彼に対して罪悪感が増してくる。苦しっ!


「田豫殿は人を陥れるのが得意みたいだからな。きっと大丈夫ですよ」


 と言った周琳は誇らしげに胸を張った。人聞きの悪い事を言うな。意味は同じだが、せめて謀略を考えるのが得意と言ってくれ……得意って言うほど自信はないが。


「いや、他の豪族を蹴落として、利益を奪う真似はしたくない……せめて、受け継いできた外食市場をもう一度栄えさせたい!」


 それって、まさか。


「それは、市場における経営面での戦略を考えてもらいたいということですか?」


「そうなるな」


 そうなるなじゃないよ! 黄巾の乱以降の乱世に備えて、政治、軍事、武芸に関する知識を蓄えているが! 飲食店の経営なんか知らんがな……。とはいえ、私のせいで人間不信になってしまった彼を助けたい気持ちはある。


 それと謝礼が貰えるかもしれないし! 市場を復興させれば、程県長の改革の助けにもなるし、更なる謝礼が望める!


 私はつい口角を上げてニヤッとした。成功した未来を想像して。


「分かりました。私に出来る事があれば!」


「おお、助かる!」


 私は高家の当主と熱い握手を交わした。


 それから、雍奴県に戻る周琳に、私がしばらく漁陽県に留まる旨を両親に伝えてもらうようにした。衣食住はしばらく高家が面倒を見てくれるらしい。とりあえず、私が杏家あんけに謀略を進言した件については知らない様子だ。ふぅ! 安心、安心!


 正直、高家を助けれる自信はない、経営のノウハウなどないのだから。だが、私には前世で培ってきた三国志の知識がある。それをなんとか生かさなければ!

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