第二七話 これは完全にマッチポンプでは?

 長屋の一室で私と周琳しゅうりんは呆けてた。せっかく外食市場とやらを見に来たのに、寂れていた為、手すきの状態になってしまった。私のせいでもあるが。でも、これで杏家あんけから褒美が期待出来る! ぐへへ!


 私は高家こうけを衰退させた事に負い目を感じつつ、杏家から何を貰えるのかを楽しみにしていた。これだから大人は汚い。まぁ……今の私は子供なんだが。


 昼から何をしようかと考えていた、そのとき、バンバンと戸を叩く音がした。


「誰でしょうか?」


 そう言って、私は戸に向かうとすると、


「あ~、俺が行きますって! 田豫殿は待っててくれ」


 周琳が私を制して、代わりに戸を開けてくれた。毎回、思う事だが彼は本当に元賊なのか? それとも、下っ端根性が身に染み付いているんだろうか?


「こちらに田豫でんよと言う少年はいます? 雍奴県から来ていると聞いたのですが」


 やって来たのは武装した男性だった。一瞬、漁陽ぎょよう県の正規兵かと思った。しかし、着ている鎧兜に所々、亀裂が入っていたり欠けたりしていた。とても漢軍かんぐんとは思えない。とすれば、豪族の私兵か?


「いるけど、何か用?」


 ぶっきらぼうに答える周琳。相手が自分より上の階級の正規兵だったら、刑罰を受け兼ねない。何時も腰が低い癖に、今そのフランクな感じ出さなくていいから。


「おお、良かった。実は私、高家の私兵でして、当主が田豫を招聘しょうへいしたいと仰っているんです」


「へぇー、さすがだな! 早速、行きましょうよ!」


「……ぇえ」


 歓喜する周琳とは対照的に私は擦れた声を出した。


 いやいや、だって、おかしい! 高家は間接的とはいえ私のせいで力を失っている。家臣に逃げられ、金銀財宝を持っていかれ、外食市場という財源も失いつつある。そんな人達が私を呼ぶわけがない。


 招聘とかていのいいことを言って、背後からグサリッ! と刺してくるかもしれない。はたまた、食事に毒を混ぜるかもしれない。


「いや、すみません。少し今、疲れてまして」


 適当な理由をつけて招聘を断ることにした。


「そんな事言わずに‼ お願いしますよぉぉぉぉ!」


「⁉」


 急にへたり込んだ武装兵に度肝を抜かれた。一方、周琳は目を大きく見開いていた。


 私は武装兵の肩に触れる。


「えっと、あの、何があったんですか? 何故、私を招聘したいのですか?」


「高家を救って下さい! 家臣に逃げられて、高名な方を呼び寄せて雇い入れるお金もないんです。だから、最近、噂になっている子供の貴方をタダで……あ、いや、なんでもないです」


 おい、こら。無銭で私の力を借りようとしてたのかよ。それはともかく……仮に彼の言ってる事が本当だとしたら、もしかして高家は私にめられた事を知らないのでは⁉


 杏家から褒美を貰えるのは確定事項。そして、今の高家は金銭をきたくないに違いないが、もし彼らを助けれるような案が思いつけば、将来的には褒美を貰えるかもしれない! 


 あれ? よくよく考えたら、酷いマッチポンプでは? おとしいれて救って金銭の類を貰う。一言で言えば最低だ。そこで私は、


「分かりました! 行きましょう」


 欲に目が眩んで高家の招聘に応じる事にした。

 

 ――私と周琳は武装兵に着いて歩を進めている。恐らく、向かう先は高家の屋敷だろう。にしても、案外、杏家の屋敷に近い場所にあるみたいだ。こんなところをあの人達に見られたらなんて思うのだろ。


『裏切者め!』


 とか杏英あんえいが言いそうだ。言わないかもしれないけど。


「ここです」


 そう言って、高家の私兵はとある方向に手のひらを向ける。その方向には土で作られた壁と門があった。兵の後に続いて、門に入ると庭園が広がっていて、中心に六階建ての木造建築物がある。


「「おお……」」


 周琳と共に高家の屋敷を見上げて嘆声たんせいを上げた。


 建物は上階になればなるほど細くなっていた。また、建築物の後方に同じ造りをした建物があり、双方の建物の間には木の柵で囲まれた中庭があった。どうやら、後方の家に入るには中庭を通過する必要があるみたいだ。


 引き続き、高家の私兵に着いていくと屋敷に入り、上へ上へと登っていく。


「当主様はどこにいるんですか?」


「六階で貴方を待っていますよ」


 兵は背中越しに返答してくれた。外観から判断すれば一階は広々としていたが、六階は私の家ぐらいの広さしかなかったはずだ。仮に私が高家を陥れた事がバレていて、暗殺を企んでいたら狭い場所での戦闘になるのは必須! くっ! 考えやがった!


 と危惧していたが、先程、へたり込んだ兵の姿を思い出すと演技とは思えない。


「人がいないな」


 ぽつりと周琳が呟いていた。


「それは……皆を雇う金銭が無くなって、多くの私兵や使用人を解雇したという経緯があって……」


「ああ……そっかぁ。悪い事を言った」


 周琳はバツが悪そうにしている。私も高家のネガティブな情報を聞くたびに暗い気分になってしまう。そして、私達は六階へと到達すると、目の前にふすまが現れた。この先に高家の当主がいるのだろう。


「では、お入りください」


 と言って、高家の私兵は襖を開け、気を重くしながら周琳と共に中に入っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る