第四九話(立志編最終話) 過ぎゆく日々

 春夏秋冬しゅんかしゅんとうが五度過ぎ、今年で一四歳となった。その間に私は私塾しじゅくで様々な学問を修めた。


 主に官学かんがく(国が認める学問)とされている五経ごけい(『詩経しきょう』、『書経しょきょう』、『礼記らいき』、『易経えききょう』、『春秋経しゅんじゅうきょう』と呼ばれる五つの経書)を学び、そこそこの成績を残してきた。


 そこそこというのは決して手を抜いたわけではない、あえて手を抜いたのだ……タチが悪いと言えばその通りだが。


 とにかく全ての文字を暗唱あんしょうさせてくるレベルで勉強させられる。本当に暗唱しようと思ったら年がら年中、机と向かい合わなければならない。そんなことをしたら武芸を磨く暇がないのであるていど手を抜く必要があったというわけだ。


 それでも私の年齢をかんがみれば優秀に違いない。そのおかげか先日、みやこ洛陽らくようにある最高学府『太学たいがく』に遊学しないかと誘いがきた。ふっふっふ、気分が良き!


 思わず笑みを溢してたらすれ違った門下生に「うわっ」と、ドン引きされたが気にしないでおこう。


 私は寮内を歩き自室に入る。


 五年近く過ごした部屋を今日、引き払う。


 無事に盧植ろしょく先生の講義も受けれたし、様々な出会いもあった。それこそ歴史に名を残している人物との出会いもあった。


 ちなみに劉備りゅうびは三年前に、公孫越こうそんえつは四年前に私塾を卒業している。


 劉備は相変わらず勉強はしなかったが市井しせいの人と交わって慕われている。だからこそ挙兵時に着いてきてくれる人が多かったのだろう。


 しかし、このままであれば劉備が史実通りの道を歩む。つまり劉備に着いていこうとする私は流浪しまくる。


 それは嫌だ。しんどい。


 そこで私は彼が興味ある分野の書物――兵法書をそれとなく薦めていた。


 史実で劉備は臨終する前、息子の劉禅りゅうぜんに兵法書の『六韜りくとう』や歴史書、五経を学ぶことを薦めている。おそらく、戦乱を経て生き残るために書物を読むことはあったのだろう。


 そして私が若い劉備に兵法書を薦めたことで史実の劉備よりパワーアップするかもしれない。劉備は私が育てました、と言いきっても過言ではなくなる。


 これで常勝無敗の軍団が出来上がる!


 さすがに、それは絵空事だが、劉備には史実より早めに挙兵するよう一年前にとあることを流言し、発破をかけている。上手く動いてくれるといいのだが。


 立てた算段を思い浮かべながら自室の壁に飾ってる銅鏡どうきょう(円形の鏡)を見て、自身の容姿を確認する。


 長髪になった髪を後頭部の低いところでまとめて結んでいる。また、少し後ろ髪を出して野暮っぽさを出すのが私流ファッションだ。


 背丈も随分と伸び、これから史実の田豫でんよの身長を超える自信しかない。


 そもそも生き抜くのに厳しい時代に私はしっかり学んで、食べて、運動している。市井の人と比べて身長は高いのかもしれない。よく頑張った! と自分自身を褒めてやりたい。


 私は箪笥にある服と銅鏡を風呂敷に包み、服装を整えてから武器を装備する。


 自前の武器は栄養を得るために狩りをしていると使いものにならなくなったので市場に出回っている粗悪な武器を使っている。


「うーん、怪しくない?」


 私は自分の体を見て言う。上衣に黒いほう、下衣に白いはかまを着ていた。


 昨年の冬に新調した上衣が黒いのだが、違和感がある。ただ、これは個人的な感覚らしくて古代中国では冬の色のイメージは黒らしい。


 また、後ろ腰には直刀が帯から吊り下がっている。左腰には弓をぶら下げているが矢は無いので飾り物みたいになっていた。


 昨日は元日なので、景気よく街の子供たちに騎射しているところを見せてあげたら大盛り上がりだったので調子に乗って矢を全部使い切ったら子供たちに矢を拾われて奪われたという経緯がある。


「さてと……そろそろ行きますか」


 風呂敷を背に背負って寮を後にする。


 外に出ると近くにある木と縄で繋いである芦毛あしげ(灰色)の馬に寄り、馬の見張りを頼んだ後輩の門下生に銅銭を払った。


「いつもお金はいらないっていってるんすけどね、あざす!」


 後輩は満足気に礼を言って去っていった。


 やはり、お金の力は凄い。


 この馬はかつて迷子になっていた仔馬こうまだ。公孫瓚こうそんさんに少なくない銅銭を払って買い取ったものでもある。


 出会った頃の毛色は鹿毛かげ(赤褐色)だったが公孫瓚の乗馬場で馬術を習ってるときに再び見かけたら白っぽい毛が混じってるのに気付いてしまった。


 そこで私は成長すれば芦毛になるのではと思い、白馬が大好きな公孫瓚が気付く前に買い取ってやった。


「よっと」


 私は馬に飛び乗り、手綱を握る。


 向かう先は故郷である魚陽郡ぎょようぐん雍奴県ようどけん


 今は一八四年一月二日。


 黄巾の乱は史実通りだと今年の二月中に起きる。そこから国内全土が戦場と化してしまう。平穏とはいえない今の状況より酷い世の中になるだろう。


 乗っている馬――『白来はくらい』を走らせる。


 『白来』と言う名前は明るい時代が来るという意味で付けている。


 古代中国では、凶事を表す白だが日本では純真無垢、清廉潔白、明るさを意味する。この時代における、白の意味さえひっくり返して平穏をもたらすという想いを込めた名だ。


 先を知ってるからこそ不安に煽られる。


 時間は巻き戻したくても巻き戻せない。


 ならば、全力でこの時代を駆け抜けよう。


§


・あとがき

これにて立志編終了です。

投稿時はここで一旦完結させる予定でしたが、予想以上に読んでくれる人が多いので完結させずに続きを書かせていただきます。しばしお待ちを。


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