挙兵編

第五〇話 久々の実家

 帰郷し、今は自宅の前にいるのだが。


「えっ、なにこれ」


 私は目の前の光景に動揺が隠せなかった。


 一階建ての平家だった実家が二棟造りになっている上に二棟とも二階建てになっていたからだ。


 宝くじが当たって生活水準が急激に上がった家庭みたいな……この時代に宝くじなんか無いか。


白来はくらいもう一走ひとはしりしてくれ」


 不信感を抱いた私は乗っている馬――『白来』に足で合図を送り、実家をぐるりと回り込むように走らせる。


 家の裏には鍛錬のために的をぶら下げるのに使っていた木はなく、代わりに建造物があった。


 木の板だけで作られているような建造物なので人が住むにしてはあまりにも心許こころもとない。


「……よっと」


 『白来』から降りて謎の建造物に近づき室内へと侵入した。入り口に戸は無く、出入りが自由だ。


 室内には麻袋がぎっしりと詰め込まれて高く積み上げられていた。


 私は麻袋を指で摘んで感触を確かめる。


「んー?」


 何かしらの穀物が入っているのだろうか? 袋の中身があわや麦等の穀物だとすれば、この建物は。


「食糧を保存するためのくらか」


 なんで家にそんなものがあるんだろうか?


 豊作のとしが続いたとか?


 私は思案しながら倉から出た瞬間、


曲者くせものめ!」


 左側から何者かの声が聞こえる!


 視界の端に見える人影――具体的な姿形は確認できないが武器なようなものを振るうおうとしているのが分かる。


 私は相手を視認するより先に後腰にぶら下げている直刀を引き抜き、左に振り向いた勢いで直刀を振るう!


 すると私と相手の得物えものがかち合い、金属音が響く。


「やるな! ってあれ⁉︎」


 相手はよろめきながら嬉しそうに発言したあと、私を見て固まっていた。


「なんだ、程全ていぜんですか」


 私は武器を振るってきた人物……改め、程全と向かい合っていた。身長は今の私より一回り高く、橙色の長袍ちょうほうを着ていた。また、彼の手には抜き身の長剣がある。


「で、田豫でんよじゃないか! 戻ってきたのか……ってかなんでそんなに冷静なんだよ!」


 相変わらず騒がしい奴だ。


「別にいいじゃないですか、それより無事にまた会えて良かったです」


「お、おう。そうだな」


 程全は戸惑いながらも返事をする。相変わらず、御しやすい。


 彼は地元の私塾しじゅくに行っていたと聞いたが頭の方は何も変わってないように思える。


程全ていぜん、これは勘なんですが私塾の勉強について行けず途中で辞めたりしてません?」


「うっ……なぜそれを」


 やっぱり。


「そ、それにしてもお前腕を上げたな。俺の一撃に耐えるなんてな」


 話を逸らして、持っている得物――太刀を向けてくる程全。


「まぁ、色々ありましたからね、鮮卑せんぴ族が攻めてきたりと」


「北方の騎馬民族がなんで田豫と関係があるんだ? 無いだろ」


 大有りだが。長期休暇中は公孫瓚こうそんさんに無理言って従軍していた。おかげで血の雨浴びてしまったが。それに劉備りゅうびとその他大勢の連中が私を真似て着いてきたときは焦った。史実にない動きをし始めたから、劉備はもう死ぬかと思った。実際、森の中で迷子になったとき、倒れた劉備を見たときは青ざめた。ただの死んだフリだったけど。


「あと、お前の両親が家の中にいるから会ってやれよ」


「それもそうですね、ところでなんでこんなところにいるんですか?」


「食糧庫の警備だ」


 私塾を辞めて私の家の警備員にでもなったのか?


 いや……それはないか。


 なぜなら彼は県長けんちょうの息子だ。そんな立場にいる人物が倉のことを食糧庫と言っている辺り個人のものではないことを言い表している。


 つまり、この倉は私の両親のものではなく、この雍奴県ようどけんのもの――地方の官軍があずかり知るところとなる。


 この倉が建った経緯を知りたいが色々と細かい話は両親に聞くことにしよう。


「あ、ついでに私の馬のことも警備しといてください」


 私は手綱を持って『白来』を歩かせる。


「この馬、お前のかよ……滅茶苦茶良いな」


 程全は羨ましそうな視線で見てきた。


 いくらお金を積まれても渡さんぞ!


「ではお願いします」


「ん、適当な所に繋ぎ止めとくよ」


 程全に手綱を手渡しして後の事を頼んだ。

 

 そのあと、私は徒歩で家をぐるりと回って正面玄関に立つと。


「ん?」


 勢いよく戸が開き、二人の人物が現れる。


「おお、もしかしてと思うたが、田豫や!」


「帰ってきおったか、ささ上がるんじゃ」


 母上と父上が破顔して言う、少し丸くなった体で。


 二人とも一〇キロぐらい増えてそうだ。


 こいつら贅沢してやがる。この食べるのにも厳しい時代で。


「ええっと、二人ともお元気そうで何よりです」


 黄巾の乱が始まれば挙兵して、両親とは今生の別れになるのかもしれないので私は不躾ぶしつけなことは言わないようにした。


§


・あとがき

一日一話更新します。

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