第五一話 最近の魚陽郡について

 帰郷した翌日。

 

 私は雍奴県ようどけん県城けんじょうを囲っている城壁の上にいた。県城の外側を見下ろすと水平距離にして一〇〇メートル先にわら人形がある。


 私は弓に矢をつがえる。


 狙うのは視線の先にある藁人形だ。

 

「――――っ!」


 静かに息を吸い込み……矢を放った!


 放れたものはぶうんという音を鳴らし、藁人形の頭部に吸い込まれるように飛んでいき、突き刺さる。


 高所かつ無風状態からばこの距離でも狙った場所に当てれる。さらに的が動かないのも命中できた要因だろう。人に当てることだけを考えたらもっと距離を伸ばせるが、身につけている甲冑かっちゅうのせいで殺傷力がないかもしれない。


「見違えたな」


 と、言うのは横にいる顔仁がんじんだ。


 彼は成長した私の弓さばきを確認している。


「その歳でそれぐらいできたら、いずれ俺を超える弓の担い手になるだろうよ」


「そうですかね? そんなことないと思いますけど〜」


 謙遜してみせるもやはり口を綻ばせてしまう。


「ふっ、おめえの顔にそう書いてある」


 顔仁には私の魂胆などお見通しのようだ。


「それと話があるが高家こうけで新年を祝う祭事があるらしいんだがおめえがそれに招待されてる」


「祭事ですか。もちろん出ますけど……」


 私は言い淀む。


 この時期の祭事といえば正月だ。


 前世にいた日本のように三日で済むものではなく一五日ぐらいかけて色々な祝い事を行う。正直、来月には挙兵して、ここから旅立つことを考えればそんな悠長なことをしている場合ではない。


 それに劉備りゅうびを早く挙兵させるためにとあることを仄めかした経緯もあり、これから彼を表舞台に引きずりだすという算段もあるのだが、


「どうした? 行きたくねぇのか?」


「いえいえ、もちろん行きますよ。色々お世話になっていますし」


 高家の招待を断るわけにも行かない。


 さすがに一部とはいえ私塾しじゅくの学費を出してもらって顔を出さないのは心証が良くないと思う。


「そういえば杏家あんけからの招待はきていないのですか?」


「そういや知らねぇんだな。高家の事業が県を越えて魚陽郡ぎょようぐん中に広がってな。そのせいもあってこの辺の豪族は莫大な利益をあげた高家一強になっちまってな。だからか、去年から高家主催の祭事に杏家も連なってんだ」


「な、なるほど」


 まさかそんなことになっているとは。


 以前とは真逆じゃないか……別に私のせいではないよな? 外食産業を再興させるきっかけを与えただけだし、事業発展は高家の手腕によるものだ! と自分に言い聞かせておこう。


「県の中では杏家も高家に次ぐ豪族には変わりねぇからな。そろそろ嫡女を名家に嫁がせて勢力を伸ばすに違いないな」


「政略結婚ですか……よくある話ですね」


 この時代は特にそうだ。


 そういえば杏英あんえいを将来的に嫁がせるような話を杏家の当主が言ってたような。というか高玲華こうれいかも似たような立場だからそろそろ嫁ぐに違いない。


「意外とあっけらかんとしてるな。杏家の子と仲良かっただろ」


 顔仁がんじんはそんなことを言う。


「まぁ、家柄を重視して豪族や名家同士が婚姻を結ぶことができるのは安定した時代だからこそですよ。このまま漢王朝の腐敗が進めばそれどころじゃなくなります」


 乱世が訪れたら結婚の観念が変わる。乱世で大事になってくるの家柄より実力と能力だ。生き残らなければ意味がないのだから。


「その考えもあっておめえさんは余裕なのか」


「別に杏英や玲華が誰と契り結ぼうが関係ないですよ」


「そうか、高家の娘の話まではしてねぇけどな」


「……確かに」


 なんかツンデレみたいになってしまった。


 私は首を横に振る。


 精神年齢が一四歳の脳と体に引きずられている。前世と合わせて半世紀ぐらい生きているのに年相応に同い年の子を気になってしまってる。


「話を戻しますけど高家の招待には応じますが正月の間ずっと向こうにいなければならないのですか?」


「指定されたうたげがある日以外は参加は自由だ」


「なるほど、滞在するかどうかは現地に行って考えたいと思います」


「分かった、向こうにはそう伝えとこう」


 話もそこそこに私は自宅に戻り、劉備に手紙をしたためることにした。彼に吹き込んだことを思い出しながら。

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