第五二話 一年前のとある日
あれは確か一年前。
「お!
石造りの建物に入ろうとすると背後から男の声が聞こえる。
確かこの軽快な声は――、
「
背後には頭巾で長髪を結んで
「おいおいこう見えて俺は年上だからな、呼び捨てはまずいって」
簡雍はそう言って、ハハハと朗らかに笑う。
彼とは
簡雍は劉備と同郷であり、彼らは共に旗揚げした仲である。現時点ではまだ旗揚げはしてないが。
三国志の文献から読み取る限り、個人的に簡雍は謎のおっさんというイメージだ。今はまだ
私は簡雍と共に石造り建物の中に入る。
ゴザが幾つか敷いてあって、ゴザに座って
「お前さん、随分と背伸びたな~」
「そういう時期ですから」
「玄徳のやつもまた背伸びたんだよ。あいつは俺より三つも年上だしいい加減、成長止まれっての」
そんなことを話しながら私達は空いているゴザに座る。
「ははは、身長欲しいんですか?」
私は笑いながら尋ねる。
「いや別に」
「え」
いらないのかよ。
「ところで今日はどうしてこの街に?」
「玄徳といっしょに
「
筵で生計を立てている劉備が稼ぎにくるのは分かるが……というか簡雍は普段何をしているんだ?
「暇だったもんでついつい仕事を手伝っちゃったな」
「定職には就いてないんですね」
「大丈夫大丈夫、俺は賭けで稼げるんだよ」
駄目だこいつ、早くなんとかしないと。
その後、料理を注文し、簡雍と話していると劉備があとから来ることを知った。
――しばらくして。
私達は注文した豚と鳥の焼き物を食べていると、
「玄徳なんでここに⁉」
簡雍は現れた劉備に対して驚いたフリをする。
「そなたこそなぜここに?」
「ってここで待ち合わせする予定だったじゃん」
「「ははははは」」
なんだこいつら、しょうもない。
「田豫、久しいな。元気そうでなによりだ」
「劉殿もお変りなく過ごしているようで良かったです」
劉備が私塾を卒業したため、この街で顔を合わせることがないので本当に久々だ。
「ところでなぜ肉しか食っていないんだ?」
怪訝な顔をした劉備は簡雍の横に座る。
二人とも私の真向かいにいる構図だ。
「俺はあとから飯を頼むけど、ただ田豫がとうしつせいげん? とか訳の分からないことを言ってな~」
「よく分らぬが田豫なりの考えがあるのだろう」
「まぁ、そんな感じです」
この時期は私塾のテスト続きで鍛錬を積む余裕が無かったので少々、肉がついてしまった。そのため、糖質の摂取を抑えて脂肪を減らそうとしていた。
劉備は
そして、彼が注文したものが届いた頃、前にいる二人は将来のことについて話していた。
「玄徳はこのまま筵売りとして生きていくつもりはないんだろう?」
「このままでは搾取される側だからな」
「村が賊とかに襲われたら一溜りもない感じだからな~、最近では官軍が行軍中に通りすぎる村々の食糧を根こそぎ持っていくからなんというかやるせないっての」
やれやれと肩を落とす簡雍。
近年、辺境や地方では異民族による略奪行為が頻発している、というか私がいる幽州が最も異民族に侵攻されている。くわえて毎年のように
明日は我が身だ。
数年前、劉備は一旗揚げたい、世の中を変えたいと零していた。
動機はどうあれ、本質的には地位と権威を求めている。そんな劉備がこの状況下で挙兵するのは時間の問題だ。
しかし、それだけでは駄目だ。創作では黄巾の乱で華々しい活躍をしている劉備だが、実際のところ同じ時期に活躍した
「そういえば賊で思い出したことがあります。知り合いの豪族が抱えている商人が言っていたことで憶測に過ぎないんですが全国的に反乱が起こるとか起きないとか」
「ほう」
私の言葉に劉備が
一方、簡雍は劉備が注文した粟を口に運んでいた。
「詳しく聞かせてくれぬか」
「その商人は
私は淡々と喋る。
商人から聞いた話というのは全くの嘘だ。完全な作り話だが他の誰も知りえない事実を織り交ぜている。
賄賂の話も本当だし潁川郡で決起集会をやっているのかは分からないが実際に黄巾賊の主力は潁川郡に集まっている。
「それがなぜ全国的に反乱が起きるという話に繋がる?」
「実は居酒屋の店主が言うにはその人々は洛陽に遊学してきた若者らしいのです」
「なるほど……それで潁川で集会か」
劉備は納得する。
今の政権を批判した知識人達は過去に二回、大きな弾圧を受けている。そのため、表立って批判することができない知識人たちは、政治に無関心になったり地方に散り散りになったのだ。また、劉備がなるほど、と言ったのは迫害された知識人の多くが潁川の出身だからだ。
「つまるところ全国に散らばった知識人達が文化水準が高い潁川を中心に集会をし続けていると、いずれ反乱が起きるのではないかという話か」
「反乱は言い過ぎじゃないの? そこまでいくと妄想かな」
劉備の分析に簡雍は口をはさむ。
「話はまだ続きますよ」
私は指を立てて水を向けさせる。
「実はその商人、そのあと、たまたま潁川に出向いたのです」
二人は興味深そうに私の言葉に耳を傾けている。
「集会をしている集団を見つけ、居酒屋のできごとを思い出した商人は集会を覗いたんです。そこには知識人らしき人から農民まで様々な人がいて、物騒なことを口にしていたらしいです」
「物騒なこと?」
オウム返しをする簡雍。
次いで私は
「漢王朝打倒と」
「「‼」」
二人は瞠目する。
「うわ~、大それたこと口にしてんな。まっ、このご時世どこにでもいるだろうそんな集団」
「……」
簡雍は軽く受け止め、劉備は口に拳を当てて思慮深そうにしていた。
「しかし潁川という地でそんなことを口にしているのが気懸かりだ。もしその集団が本当に反乱を起こせば未曾有の事態が起きるであろう」
「ですから、劉殿、備える必要あると思うんです。一旗揚げるなら」
私はニヤッと口を緩める。
「確かに挙兵するには十分な出来事だ。もし反乱が起きるならな」
そう言って、劉備は鼻でふっと笑う。
「もし劉殿にその気があるのなら話に付き合いますよ」
「ならば話だけでもしようではないか、まずは挙兵をするのに必要なことについてだな……」
「えっ⁉ なにそれ、面白そうだから俺も混ぜてくれよ」
こうして私達は挙兵をするのに必要な資金、人材をどこで手に入れるかについて話し合った。
あくまでこのときはシュミレーションのつもりで話し合っていたが、一年後には役に立つだろうと思っていた。
実際に一年後の今は政権の腐敗が進み、差し迫った事態になっていた。そこで私は劉備へ、本当に挙兵するかどうか、そして準備をしているのか? と尋ねる手紙を送ったのだった。
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