第五三話 カッコつけて登場してみた

 今、愛馬である『白来はくらい』に乗って駆け出している。


 高家こうけの祭事に呼ばれた武人は演舞を披露し、文人ぶんじんは詩を作り唄うなどして豪族たちを喜ばしている。そこで私だけ何もしないわけでもいかないので騎射を披露することにした。


「よっと!」


 私は足で乗っている馬に合図を送り、駆ける速さを上げる。


「おお、白い馬とな」


「結構速いではないか、あれで本当にまとを射抜けるのか?」


「ちょっと無理してカッコつけてるんだろ」


 豪族や来賓客が『白来』を物珍しそうに見たり私の腕前を心配していた。

 

 これは完全に舐められてる! 許さん。


「よく見とけよ」


 小声でそう言ってから、私は意気揚々と弓を構えて矢をつがえる。進行方向の横にある的を見ると、的は三つほど等間隔に並んでいた。


 私は弓矢を引きながら背中越し向けられた視線を感じ取る。


 ここは高家の敷地内にある庭園だ。的と反対側の位置に人々がむしろを敷いて酒を酌み交わしたり料理を食べている。大勢の前だから多少、緊張はしているが今となっては慣れた騎射だ。


 落ち着け私。変に動揺しなければいける! 動いている動物や人を狙う方が難しいんだ。この程度で失敗していられない。


 私は矢を放つ!


「「「おおー」」」


 背後から歓声が聞こえる。だがまだ終わってない。


穿うがて!」


 すぐさま背負っている矢筒から矢を取り出し二本目の矢を放った。


 そして的に矢が当たったのを確認せずに三本目の矢を取り出し放つ!


 私は的を通り過ぎるが振り返らない。こっちの方がかっこいいから。


 矢が的に当たった音が三連続で耳に届いたので問題ないだろう。


「ふぅ……」


 一息きながら馬の歩を緩めて、旋回する。

 

「素晴らしい素晴らしい!」


「まさに稲妻のごとき」


「いやはや御見逸おみそれしました」


 拍手喝采で私を迎える人々、最高だ!


 それから私は愛馬を高家の使用人に預けて筵を敷いている方向へ歩く。


 宴会に混ざる前に高家の当主の挨拶しなければいけない。実は今しがた到着したばかりで泊まる部屋に荷物を置いたあと、使用人を通し、登場と当時に騎射するということを伝えて的を三つ用意させたのだ。


「高当主、お久しぶりです」


 一番奥の筵に座っている人物に対して胸の前で右手を拳にし、それを左手で包み込んで軽く会釈えしゃくする。これは古代中国の挨拶で拱手きょうしゅという。


「うむ、素晴らしかったぞ田豫よ」


「楽しんでもらってありがたいです」


 高当主――高輔こうほは相変わらず坊主だが口髭が無くなっていた。


「凄かったわ」


公夫人こうふじんもお久しぶりです」


「ええ、立派になったわね」


 高輔の横には彼の正室である公夫人がいた。


 彼女はますます美しくなっている。


「公夫人はより一層麗しくなりましたね」


「あら、お世辞でもうれしいわ。なんだか照れるわ」


 公夫人は口に手を当てて恥じらうように笑っていた。


「いえ本当に思ったこと言っただけです」


「まぁ……」


「おほん! おほん!」


 いきなり高輔はわざとらしく咳払いしていた。


「お主には感謝しているが、わしの夫人を口説きにきたのかね?」


「いえいえいえ! 違いますよ! ではこれで失礼しますね」


 高当主が目をギラリと光らしたので私は後退あとずさる。


「ふふふっ、口説くなら後ろの子がいいわ」


「えっ?」


 にこやかにしている公夫人の言葉を聞いて私は後ろを振り向くと、


田豫でんよ君! 元気だった?」


「もしかして玲華れいかですか?」


「うん」


 そこにはこう玲華れいかがいた。彼女は桃色を基調とした深衣しんい(ワンピース型の衣服)を着ており、小動物のような容姿と相まって可愛らしく見える。


「さっきの弓さばき凄くカッコよかったんだよ」


「あ、ありがとうございます」


 上目遣いでそんなことを言う玲華に少し照れてしまう。


 カッコつけるつもりで披露したから思惑通りではある。


 しかし玲華の身長も随分と伸びた気がする。私より頭一つ分低いぐらいだ。


「玲華は大きくなりましたね」


「親戚のおじさんみたいなこと言うんだね」


「別にいいじゃないですか」


「ふふ、それよりあんちゃんのところに行こうよ」


「いいですよ」


 玲華は嬉しそうに私の腕を引っ張り杏家の者が集っている場所に行くのであった。


§


・あとがき

高玲華の母親は名前をしれっと公華(公夫人)に変更しました。

※何かのフラグとかではないです。

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