第五四話 これがモテ期か?

 杏家あんけが集っているむしろへ向かう途中。


田豫でんよ君も大きくなったね。貴方の身長抜かしてると思ったのに~」


「えっ、いやそれは絶対無いでしょう」


 私は半笑いで言葉を返す。すると玲華れいかがムッとした顔をするが、すぐにニッコリとした。


「なんかムカつくんだよ」


「悪気はないので落ち着て下さい」


 笑顔でハッキリと物を言う彼女が怖いのでしずめることにした。


「手も凄い大きい」


「そうですか? 至って平均的な大きさだと思いますけど」


 自身の右手のひらを見るとまめが治ったあとが幾つかある。


 日々、剣や弓矢を握り続けたせいでなんだが無骨な手になった気がする。


「でも、わたしより大きいんだよ」


「だから、それは男女の違いで……」


 玲華が私の右手のひらに手を重ねてきたので思わず言葉が詰まってしまった。直接、手の大きさを比べているのだろう。


「立派な手だね」


「お、お、お」


「田豫君?」


 急に挙動不審になってしまったので玲華に怪訝な目で見られた。

 

 くっ……些細なことだが女の子と触れ合う、こんな甘酸っぱいイベント前世では無かったぞ!


 一人には慣れているが私塾に通っている間、勉強や鍛錬続きで心細いと思った時期もあった。それはきっと、この時代に電子機器が無いので他者との繋がりが感じられなかったせいだ。携帯、テレビ、パソコンが無いなんて終わってるなと思い始めていたが今この瞬間だけは感動している。


「大丈夫? なんか泣いてるように見えるけど」


「生まれて良かった」


「急にどうしたの⁉」


 玲華は重ねてきた手を引っ込め心配そうな顔で見てきた。


「お前たち仲いいのだな」


「「うわっ」」


 急に横から声をかけられたので私たちはびっくりして声を上げた。


 横を振り向くと、


あんちゃん! 久しぶり」


「ついこの前、会ったばかりなような」


「細かいことは言わないの」


 そこには杏英あんえいがいた。


 彼女の身長は玲華より少し高く、髪の長さは肩に届く程度になっていた。相変わらずクリッとした目が際立って可愛らしく見える。また赤と白を基調とした襦裙じゅくん(上は一重ひとえの着物であるじゅを着て、下はスカートを履いた装束のこと)を着ているようだ。


田豫でんよ、元気にしていたか?」


「ええ、杏英も元気そうでなによりです」


「さっきの弓さばき見事だったのだ」


「ありがとうございます」


 上から目線なのが気になるが褒めてくれてるので悪い気はしない。


「ところでなんでさっきは手のひらを重ねておったのだ?」


「手の大きさを比べてました」


「ふーん」


 鼻を鳴らした杏英は手のひらをこちらに向けるが目をらしていた。


「ほら、田豫」


「え……」


 手を重ねろと?


 全然いいけど、いったいなんなんだ。


 とりあえず杏英と手のひらを重ねたが違和感を感じた。


「手にマメができてますね。またお転婆なことしてませんか?」


「し、しておらん。ちょっとほこを庭で振り回していただけなのだ」


 こわっ。


 というかお転婆なことしてるじゃないか。


「そんなことよりお前の手すごい鍛えられてるのな」


「そうしないとヤバい時代ですから」


「何を言ってるのかよく分からないがあたしには分かるぞ。毎日、鍛錬していたことが」


 多少、武芸を嗜んでいる彼女にはなんとなく共感するところがあったに違いない。


 杏英の場合、勝手に武器を振り回しているだけかもしれないが。一四歳にもなって何やってんだが。


「「…………」」


「いつまでそうやってるの? えいっ」


 無言で手を合わせたままでいると玲華がジト目で人差し指を手の間に差してきた。


「ん、ああ、そうだな」


 そう言って、手を離して前髪を搔きわける杏英。


「そうだ! あんちゃんの父様とうさまはどこにいるの? 田豫君が挨拶したいんだって」


「案内してやろう。着いてくるのだ」


 杏英は私たちの前を歩き始め、それに続く玲華。しかし私は彼女らの背を見送り立ち止まっていた。 


 …………なぜなら、今の玲華の行動で思うところがあった。


 もしかしてキテるのか? キテいるのかもしれない。 モテ期というやつが‼


 考えようによっては玲華が嫉妬して指を差してきたのかもしれないし、それに杏英が遠回しに手のひらを重ねるよう促してきたのは照れていたのかもしれない……考えすぎか?


 いや、暴漢に刺されて転生した先は過酷な時代で必死こいて頑張ってきたんだ。そろそろモテたっていいかもしれない。


 というかモテろ。


「田豫(君)‼」


「あ! 今行きます!」


 私が立ち止まっているのを見兼ねたのか、杏英と玲華は大きな声で呼んでくる。


 当然、慌てて後を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る