第四八話 発明品の出しどころ

 私塾しじゅくに通いつつ週に一回、公孫瓚こうそんさんが私有している乗馬場で馬術を習い、更には顔仁がんじん譲りの弓術、遊びの中で培った我流剣術、そして投擲とうてき術の腕を磨いている。


 かなり忙しいように思えるが前世にいた日本の小学生が、学校が終わったあとに日別でピアノ、書道、剣道、空手、サッカーとかの習い事をさせられたうえ、塾に通わせられるのと同じ程度かもしれない。


 でも、こっちの時代は鍛えとかないと死活問題になるので危機感が違う…………おや、前方から馬に乗った誰かがやって来た。劉備りゅうびかな?


「どうだ? 馬には慣れたか?」


 案の定、劉備だった。


「まだ二回しか乗っていないのでまだなんとも言えないですね」


「二回でそれだけ乗れれば十分であろう」


 私は公孫家こうそんけが所有している馬に乗っており、公孫瓚の邸宅をぐるぐる回っている。


 一応、馬をゆっくり歩かせる常足なみあしという歩法と乗っている馬を停止させることぐらいは出来るようになった。


 話に聞くと子供は体が柔らかい分、馬の動きについていけるので上達が早いらしい。これは馬に乗って分かったことだが運動神経より、バランス感覚を問われてる気がする。


「どうだ? 馬を思いっきり走らせてみぬか?」


県令けんれい殿に怒られますって、今日は適当に慣らして来週、馬の走らせ方を教えるって言われてますから」


 劉備の提案を困惑しながら断った。


「なら余が教えてあげようではないか。馬を走らせる技術を来週得るか、いま得るか、選ぶがよい」


 そんなこと言われても……技術の習得は速ければ速いほどいいけどなんで出来るようになってるんだ? と詰問きつもんされるのは嫌なんだが、


「では教えてください!」


 来週、何か言われても天才だからいきなり出来ました、という雰囲気をかもし出すことにしよう。


「馬を走らせるには基本的に歩かせるときと同じことをすればいい」


「歩かせるときと同じ……お腹を軽く叩いたらいいんですね」


 私は両足でぽんぽん、と馬のお腹を叩くと、


「うおっ……あばばばばばばば!」


 馬が軽く走り出し、大きな振動が伝わってくる!


 私の体が大きく上下に揺れる。


 手綱を掴みつつ、足に力を入れて馬にしがみつかないと落ちそうだ。


 このまま真っ直ぐ走ると公孫瓚の邸宅から離れるので手綱を左に引っ張って馬の首を左に向かせることで旋回させようとする。


「ひぃ! 死ぬっ! あばばば!」


 バランスを崩してしまい、馬の横腹に両手両足で掴まるというみっともない恰好になってしまった。


 落ちる! 本当に落ちる!


「ふっ、はっはっ、そなたでも慌てるときがあるみたいだな」


 後ろから劉備の声が聞こえて来る。


 というか笑ってる場合か! いいから早く助けてくれよ!


「よっと!」


 劉備は馬を全力で走らせる襲歩しゅうほという歩法で私の乗っていた馬に追いつき、その馬の手綱を押さえるように引っ張る。


 馬は急に止まれないので徐々に速度を落としていき、


「ふぅ……助かりました」


 私は地面に座り込んだ。


「どうやら足の筋力が足りないように見える」


「足の筋力ですか」


 劉備はそう言うが足の力ってそんなにいるもんだったけ? 転生する前は馬に乗ったことがないから分からないけど。


 私は先程まで乗っていた馬を見る。


 青銅製の馬銜はみ(馬の口に咥えさせる金属製の棒)と繋がっている革製の手綱があり、背には木枠の付いた硬いくらがある。


 時代が時代だからか私のイメージしている馬具ばぐと比べて何か物足りない気が――、


「そうかこの時代にはあぶみがないんだ……!」


 私は小声で言う。


 鞍に取り付けて足の踏み台となる馬具――それが鐙だ。ゆえに足の力のみで身体を支えるというとんでもないパワープレイが強いられる。

 

 私が開発すればいい話だが、この事を公孫瓚に伝えると足の踏み台があることで彼の私兵達が自由自在に武器を馬上で扱えるようになって圧倒的な力を誇るだろう。


 正直このことは出し惜しみしたい。以前、高家こうけ胡餅こべいを先取りして開発したがあぶみは戦況が大きく変わる馬具になりえる。


 だからこそ開発するタイミングは大事にしたい。自分が所属することになる勢力が有利になるように。


「何を考えておる?」


「いえ、何も」


 劉備の問いをはぐらかした。

 

「そうは見えないが」


「まぁ、少々思いついたことがありまして……それより、りゅう殿に聞いたいことがあるんですが」


「どうやら、真剣な話のようだな」


 と言いながら劉備は馬を降りた。


 私は立ち上がり、向かい合う。


私塾しじゅくを卒業したあとは何をするつもりですか?」


 私の言葉を聞くと、劉備を視線を逸らし辺りに広がっている田畑を見て遠い目をしていた。


一旗ひとはた揚げたいと思ってみないこともない」


「それはなぜですか?」


「今の世ははっきりいって腐敗しておる。余や周囲の人間がいつ悲惨な目に遭うか分からぬ。それが気に食わぬだけだ」


 次に劉備は私の方を向き直し言葉を紡ぐ。


「具体的には何をするかは決めてない。ただの他愛もない話と受け取ってくれ」


 そう言って彼は口元を綻ばせる。


 他愛もない話と言ってるが私は未来を知っているのでどうせ挙兵するのだろう。


 彼に着いていくことを考えると一つ言いたいことがある。


「劉殿、一つ言いたいことがあります」


「言ってみよ」


「私塾の授業に出ないのは構いませんが、挙兵するならば戦で負けないためにも、もう少し兵法書を読んだほうがいいかと……」


「う、うむ」


 劉備は歯痒そうな顔をしていた。

 

 鎧の開発は少し先になるだろう。劉備と共に挙兵した場合、彼がいつ地盤を手に入れるかは分からないのだから。


§


・あとがき

実際のところ、鐙の有無については諸説あります。

片足だけ乗せれれる鐙があったとかないとか。

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