第四七話 そろそろ馬術を習いたい

 劉備りゅうび公孫瓚こうそんさんの邸宅の前に立っている守兵と話している間、私は仔馬こうまの背を撫でながら目の前の建物をまじまじと見ていた。


 公孫瓚の邸宅は木製の柵で囲まれており、正面には木製の門扉もんぴと奥に四階建ての建物、そしてその両側には正面の建物と同様の高さを誇る塔があった。塔に入口はなく建物と空中回廊で繋がっていた。


 とにかく圧が凄い。


 おそらく、塔には物見櫓ものみやぐら(見張りと防御を兼ねた施設)としての役割があるに違いない。それに県城けんじょうから離れた場所にあるので尚更、周囲を警戒する必要があるのだろう。


「話は終わったぞ」


 守兵との話を終えた劉備が近づいて来て言う。


「どうでした?」


「今話していた兵士が公孫瓚の下まで案内するそうだ」


 劉備が顎で守兵を指す。


 その守兵は口を開き、


「では、私のあとをついて来てください」


 と、言って背中を向けて歩き出したので私達は彼の指示に従い行動する。

 

 門扉を通り、四階建ての建物には入らず大回りして建物の裏へと移動していた。


県令けんれい殿は外にいるのですか?」


 私は劉備に問う。


「おそらく乗馬場にいると思われる」


「訓練をしているんですね」


「いまさら公孫瓚殿に馬の訓練は必要なかろう」


「では、私兵を訓練させているのかもしれませんね」


「それか天気が良くて寝ているのかもな。はっはっ」


 劉備は愉快そうに言う。


 今のどこに笑いどころがあったんだろうか。


 それから邸宅の裏側へと回ると建物と塔を背にして幾つもの馬小屋が並んでいた。馬は乗馬場にいるせいか、小屋の中はほとんど空いている。


 また、馬小屋の向かい側には土が剥き出しになっている場所があって騎乗している人達がいた。その中に唯一、白馬に乗っている人物がおり、遠くて誰かは分からないが。


「あれですね」


「あれだな」


 私と劉備は白馬に乗っている人物を公孫瓚と判断していた。


 白馬に乗っているのが公孫瓚じゃなかったなら今日の晩飯は抜きでも構わない。


 私達を案内してくれた守兵は白馬に乗っている人物に走って行き耳打ちをする。そしてすぐに白馬に乗った公孫瓚らしき人物が駆け寄る。


「おお! 劉備! それに田豫! 貴様達が来てくれると知っていればもてなすというのに」


 やっぱり公孫瓚だった。


「公孫瓚殿、田豫の横にいる仔馬のことなんだが」


「うむ、仔馬の話はさっき兵から聞いたが少し首輪を見せてくれい」


 劉備が仔馬に視線を走らせて喋ると公孫瓚は馬から降りて仔馬の首輪を確認する。


「確かに確かに! これは私の馬だ」


「見つけれて良かったです」


「感謝する」


 公孫瓚は私の肩を強めに叩いて言う。


 わりと痛いので顔をしかめてしまった。


「ところで今日は何をしておるのか? 訓練にしては騎乗している者達は公孫瓚殿の私兵には見えないのだが」


 劉備の言う通り乗馬場にいる人達は鎧を着ておらず、多くの平民が着ている白いほう(上着)とはかまを着ていた。


「よくぞ聞いてくれた」


 なぜか鼻高々の公孫瓚。


 この人、常に自信ありそうなんだよな。


「近年、人口が飢饉や疫病により著しく減っている。ゆえに農耕や徴兵時に備え、有償で平民に乗馬の講習しているというわけよ!」


「なるほど……」


 私は公孫瓚の言葉にぽつりと呟いた。


 この時代の武官でも意外と馬のにない手が少なかったはず。そのため、軍に組み込む騎兵部隊には北方や西方にいる遊牧ゆうぼく騎馬民族――鮮卑せんぴ族、烏桓うがん族、きょう族などが多い。


 そして私達がいる幽州ゆうしゅうは北方の遊牧民族と距離が近いので騎馬技術が他の地域より根づいており、公孫瓚もそれに目をつけて自分の勢力に馬の担い手を増やそうとしているのだろう。


 というか私もそろそろ馬術を習わないといけない時期だ。すぐに戦乱の世がやってくる。


県令けんれい殿、折り入って頼みがあります」


「悪いが田豫、私の白馬はお金を積まれても渡せない」


 まず話を聞け。


「白馬を欲しいわけではありません。私もその講習に参加したいと思っているのです」


「おお! そうか! では出すもの出して来い!」


 早速、金銭の催促をされた。


 このまま参加したら味気ないのでここはもっと公孫瓚の心を惹きつけるような演技をしよう。


「飢饉や疫病、そして賊や異民族による略奪行為によって苦しむ人々を見て何もできない無力で平民の自分が悔しいのです。将来、少しでも弱き人の力になれるように、という思いで参加させていただきます」


 そして、最終的には贅沢な暮らしがしたいです。


「そうだ! 高貴な身分や有能な者だけが贅沢する世の中はいかん! その意気だ田豫」


 そんなこと一言も言ってないけど、この人大丈夫か。


 公孫瓚は文献からして才能ある者を妬むらしいから目をつけられないように共感させるつもりだったけど、結果オーライかな? 私の場合、才能というより転生前の知識を生かして鍛錬や勉学に励んでいるのだが。何はともあれ私は定期的に公孫瓚の邸宅で馬術を習うことになった。

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