第七六話 豪族を屈服させよう
座っている
「きおったか。……手ぶらと思わんなんだ」
「敵意がないことを示したいのです。
喋りながら、私は杏鳴の前に立つ。
「全て分かっておるようだな」
珍しく杏鳴の額から一筋の汗が流れていた。
「なんのことですか」
「とぼけんでいいのである」
杏鳴は後ろを振り向いて、何かを持ち出す。
「わちの部屋にこれを置いたのは……ちみじゃろう」
それは
「その通りです。ちなみに張白騎とは面識はおありで?」
「ない、だがこやつが何者か分からないわちではない……」
杏鳴は溜息交じりに喋って二の句を継ぐ。
「そろそろ、本題に入ってほしいのである」
「分かりました」
私はこくりと頷いたあと、話しを切り出す。
「
私は杏鳴の横を通りすぎながら喋っていた。杏鳴が私の謀略で高家を陥れたのは、ほんの数年前だ。表面上では、仲良くしていても杏鳴ならば、常に高家を蹴落とすことを考えていてもおかしくはない。
「ただ、少し予想とは違いました。高家の屋敷に向かう際、
杏鳴の背後へと移動し、彼の後頭部を見下ろす。
「そのことを知っておるのは田豫だけか」
「ええ」
杏鳴の問いかけに応じながら、私は再び杏鳴と向かい合った。尋問をしているぞ! という雰囲気を出すために、なんとなく杏鳴の周りを一周したが効果があったのかは分からない。
「義勇兵はいつから用意していた」
義勇兵はたまたま劉備が連れてきただけだ。だがタイミングが良すぎるせいで、私の仕業だと思っているらしい。
「数年前から」
適当なことを言った。
「そんなわけが……、いやだが、ありえる。数年前から太平道が反乱を起こすと知っていなければ、対処できない。それほどまでに未来を見据えていたのか……恐ろしいのである」
私という存在に勝手にビビり始めたぞ。
「どっちにしろ杏家の命運はちみが握っているのであろう。このことが世間にバレれば一気にわちの家は没落してしまう。わち自身、牢獄に行くかもしれぬ」
「今、私を殺せばいいじゃないですか」
「馬鹿な! どうせ、ちみは、時間が経って戻ってこなければ、義勇兵の人達に杏家を怪しむように言っておるのだろう。そうじゃなくても高家は今やちみに完全に肩入れしている。ちみの身になにかあれば魚陽郡の豪族達は血眼になって原因を探るのであろう。リスクがありすぎるのである。そもそも、
「ちょっと、不安でしたが、杏英に伝わっていたんですね。ちなみに杏英は家にいますか?」
「おるが部屋から出てこん」
私はふむふむと頷く。
高家の屋敷を脱出するために玲華を人質する直前、『杏英! 構いません。太平道の連中が攻めてくることを
高当主の頼みごとをしたいのなら玲華に声をかけるところ、私はあえて杏英に頼んだ。そして、杏英自身は父親である杏当主ではなく、高当主への伝言を頼まれたことに違和感を感じるはずだと思った。
今朝、杏英が私の名を呼んだとき、遠巻きで浮かない顔をしていたので父親について何か察していたというわけか。
私は逡巡し、口を開く。
「杏当主ならば、私を殺したあとに娘を殺すと考えましたが」
そんなことはさせないが。
「なっ! 英はたった一人の娘である! そんなこと考えてもせんわ!」
気弱になった杏鳴は突然、憤っていた。
これは意外な反応だ。娘を勢力を増やすための道具としか見ていないと思ったが情はあるらしい。嬉しい誤算だ。
「あ……すまん。つい興奮してしまった……」
立場が弱くなっているせいか、杏鳴は急にしおらしくなっていた。
では、さらに杏鳴を追い詰めるために、ここで切り札を出します。
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