第七五話 宴会の裏でコソコソと動こう

 褚燕ちょえいとの一騎打ちを制した私はフラつきながら歩く。


 急に頭が回らなくなってきた。


 杏英あんえいと玲華のところへ、いや後ろで待たせている関羽かんうのところに行って戦場がどうなったか一緒に確認しに行こうかな。


田殿でんどの、感動いたしましぞ!」


「へっ?」


 関羽が駆けつけて私の肩を支えてくれたのはいいが、目をつぶり一人で感涙していた。


 いつまにか殿を付けて呼ばれているし、よっぽど今の一騎打ちが感動的だったらしい。


「拙者も数々の人を斬ってきたが、みな、拙者よりも体格の小さい者ばかり。だが田殿は自分よりも大きく年上の相手に一歩も引かず、力と技でねじ伏せる、その姿に感服いたしましたぞ」


「そう言ってもらえるなら、身を削ったかいがありましたよ。申し訳ないですが、戦況を知りたいので、外まで連れていってもらえますか?」


「うむ、構わん」


 関羽は私の頼みを二つ返事で引き受けてくれた。


田豫でんよ君!」


 屋敷の縁側から玲華が飛び出しきた。心配そうに私を見つめていた。


「そんな体でどこに行くの。休んだほうがいいんだよ」


「無理はしませんよ。それより怪我はありませんか」


「うん、田豫君のおかげで」


 そう言って、玲華は後ろを振り向く。


「田豫……」


 そこに杏英がいた。眉を寄せて浮かない顔をしている。杏英は何か言いたそうにしているが口を噤んでいるように思える。


 とりあえず、無事であることをジェスチャーで伝えよう。


「なんなのだそれ」


 私は杏英に向けて親指を立てると、杏英は困惑していた。


「またあとで話しましょう」


「お、おう!」


 杏英は私に合わせて親指を立ててくれた。


 私は関羽に連れられて高家の敷地から出る。それから北門へと向かうところだったが、歩き始めて、すぐに人と出会った。


「よっ!」


 手を上げて簡潔に挨拶をする簡雍かんよう、そしてその横には劉備りゅうびがいた。二人とも筒袖鎧とうしゅうがいを革製に仕立てたものを身に着けていた。彼らがこの場にいるということはいくさが無事、終わったということだ。


 劉備がこちらに向かって歩いてきたので、私も関羽の下から離れて歩く。


「「…………」」


 劉備と目を合わせたあと、互いにふっ、と笑って握手を交わした。


 言葉を交わさずとも、私達は再会の喜びを分かち合い、互いに感謝をしているのだと思う。私は劉備が兵を率いてきたことに、劉備は私が戦を勝利に導いたことに。


 あとは敬家けいけと黄巾賊の精鋭部隊でもある褚燕ちょえいらを手引きした者と話をつければいいが、あいつは逃げることも隠れることもできないはずだ。怪我の手当をして、少し休んだあとに話をするか。


 ――――数時間が経ち、空が橙色に染まって夕暮れを告げていた。


 劉備含む義勇兵達は魚陽ぎょよう太守たいしゅに招かれて郡庁ぐんちょうにいる。ちなみに郡庁というのは郡が政務を執る場所である。


 魚陽県の民衆からしてみれば、突如、現れた義勇兵は英雄のように思えただろう。いくさが終わってから数時間しか経っていないにも関わらず劉備の評判はうなぎ上りだ。気弱な太守、雛平すうへいは民の声を無視できず、さらに私が高家を通して歓迎するように圧力をかけたので劉備達は、宴会でもてなされていた。


 私はというと、町の医者に薬草でできた軟膏を生傷に塗ってもらったあと、郡庁近くにある宿で仮眠をとっていた。宴会に出て、劉備達に色々と聞きたいことはあるが、先にやらねばならないことがある。


 褚燕ちょえいが死の間際に渡してくれた紙を懐に忍ばせて、杏家あんけの屋敷へと向かった


「通してください」


「は、はい!」


 門扉の前にいる門番に声をかけると、素直に通してくれた。事前に話は通していないが、杏鳴あんめいは私が来ることを察しているのかもしれない。


「今、あん当主はどこにいますか?」


 背中越しにいる門番に話しかける。


「一階の大広間にいます……」


 初めて杏鳴と出会った場所だ。


 敷地内にある屋敷に入り、我が物顔で大広間の襖を開ける。普段、祭事や宴会の際に用いられる場所だが、今この場には私と私を待ち構えるように部屋のど真ん中で座っている杏鳴がいた。

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