第五九話 常人の域はもう超えた
天井裏と繋がっている階段を下り、部屋に到達した瞬間。
パンッと、勢いよく廊下と繋がる
しかも、全員、鉄製の両刃剣を構えている。対して、こちらには直刀を携えた私と、斜め後ろに何も装備してないであろう杏英と玲華がいる。
部屋が広いため、二人を庇いながら、三人同時に相手にするのは厳しい。できれば一人ずつ戦ってくれ。
「なぜここに!
若者の一人が少女たちを見て目を見開く。
「まさか、お主らが聞いていたとはな」
老人も眉を吊り上げて、驚いたような様子を見せる。その間、私は右手を直刀の柄にかける。
「ど、どうしましょう! 杏家と高家のご息女が……!」
もう一人の若者は視線を宙に漂わせており、動揺を隠しきれていなかった。
「落ち着け、今、高玲華を捕らえればよい」
老人は慌てる若者を落ち着かせようとする。
「お前たち! 何を考えておる! 話を聞いたぞ!」
あろうことか杏英が私の前に出て、三人を非難する。
「なにをやってるんですか! 下がって――」
「杏英様、こんな場面で対面したくはなかったですが婚約者となる
「黙るのだ! 死ね!」
「…………」
私の言葉は若者の一人である敬泥に遮られ、さらにその敬泥の言葉は杏英の強すぎる口調で掻き消された。
にしても、気持ちの良いストレートな物言いだ。
圧倒され口を
「どうかご理解いただきたい。杏英様を傷つけたりはしません。これは両家が繁栄するために必要なことです、さぁ私と繁栄しましょう」
私と繫栄しましょう⁉⁉ なんじゃそりゃ⁉
杏英は「うえっ」と、低い声で呻きながら、後退りして私の背後に隠れる。肩越しに彼女の様子を確認すると、吐きそうな顔をしていた。
「お前は確か
敬泥は剣を振り上げて、切っ先を私に向ける。
「そんなことより、あなた方三人は今まさに反乱を起こそうとしている太平道の信徒と認識してもよろしいでしょうか」
私は喋りながら右手で抜刀した。
「なぜそれを!」
敬泥が狼狽えると、他の敵も息を呑んで驚いた様子を見せていた。
確定だ。黄巾の乱が今日起こった。正直、乱が起こる前に
「敬泥! そいつを痛めつけて捕らえよ! 間者を潜り込ませて情報を得たのかもしれん! 知っていることを吐かせてやれ!」
「はい父上!」
敬泥は老人の言葉に従い、剣を構える。
お互い右利き。ここは右肩を引いて、半身で構えよう。
「構えだけは立派だな!」
敬泥が袈裟斬りを仕掛けるために踏み込んできた瞬間、
「――――あがっ」
私の横で倒れる、首の頸動脈から赤い液体を噴射しながら。
「あぐ……うがっ……」
倒れた敬泥は大口で掠れた声を出しながら私を見つめ、大人しくなった。
「あ、兄上‼」
先ほどまで狼狽えていたもう一人の若者が敬泥に駆け寄ってきたので私は後ろに下がる。
「なにが起きたのだ」
「田豫君がやったの?」
背後から戸惑いを隠しきれない杏英と玲華の声が聞こえた。
私の剣筋が見えていなかったのだろう。
チラッと持っている直刀を確認すると、切っ先から赤い液体が滴り落ちていた。
「よくも兄上を!」
「待て、今のが見えなかったのか! お主が敵う相手ではない」
「何が起きたというんですか父上」
「わしには見えた。敬泥が踏み込んで斬りかかろうとした瞬間、田豫は懐に潜り込んで左肘を曲げて、得物を持っている方の腕を挟んでいた。敬泥の攻撃を封じたうえで右手の刀で首を斬っていた……初めてみる奇怪な技だ」
心の中で老人に対して解説ありがとうと言った。
それから老人は敬泥の亡骸を避けるよう横に移動し、私は老人に合わせて移動して対峙する。
「その歳にして虫けらのように人を殺すとはな。業が深いな」
「お爺さんだって、これから町の人達を虫けらのように殺そうとするのに何言ってんですか」
互いに武器の間合いに入る。
「敬泥の仇、そして我らが大義のため、その命貰い受ける」
恨みと意気込みを吐いた老人が斬りかかってくる!
―――互いに得物を両手で持ち、三合ほど打ち合う。四合目で私はフェイントをかけて顔に斬りかかろうとするが老人は後方に跳んで避ける。
「綺麗な剣筋ですね。型通りといったところでしょうか」
皮肉に聞こえるかもしれないが、私は素直に相手の剣技を褒めている。この五年の間、鮮卑族だけではなく、同年代の子と武芸大会で戦ったことがあるが、皆、一癖も二癖もある武芸者だった。対して、この老人は型通りの綺麗な攻撃をしてくる。見習いたい一面もあった。
「当然だ。官僚として朝廷に仕えてたわしは剣を嗜み、剣舞を披露していたのだからな」
「でも、実践経験はないように思えます」
「…………」
私の言葉に否定しないということは真剣で斬り合ったことはないのだろう。そして、そう思わせるほどに愚直な剣筋だったのだ。
「捕らえようと思ったが生かしてはおけんな」
老人は気迫の表情を見せ、剣を頭上高く構える。
そして――
「はがっ⁉⁉」
――断末魔を上げることなく仰向けに倒れた。彼の喉には私が投げた直刀が真っすぐ突き刺さっていた。
「お爺さんは人に見せるための剣技を磨いていたようですが、私はただ相手を殺すためだけに剣を磨き上げ、戦ってきました。恐らく、その差が勝敗を分けたと思います」
とか知ったふうなことを抜かしたのは、杏英と玲華に私の凄みを感じてもらうためだ。特に背中越しに語っているのがポイントだ。私の表情を相手に想像させることで、より強い印象を残すことができる。
正直な話、間合いでの投擲は先に斬られるリスクもあるが、剣を上段に構えてくれたからこそ隙が見つけれた。そもそも、唯一持っている武器を投げてきたり、投擲術を会得してるなんて想定していなかったのだろう。
私は投げた武器を回収しようとすると、
「田豫!」
杏英の声で後ろを振り向く。
「う、動くな! こいつをころ、殺すぞ!」
未だに狼狽えている若者が玲華の首筋に抜き身の剣を当てていた。
あの老人相手に周囲に気を配る余裕はなかった。というか知ったふうなことを抜かしている場合じゃなかった。
どうする? ……交渉するしかないか。
「田豫君、私のことは別にいいんだよ」
「なにを言ってるんですか!」
玲華は窮地に立たされているのにも関わらず私を気遣っている。
助けねばという気持ちにさせられてしまう。
相手の距離まで大股で走っても三歩もかかる。その間に玲華は斬られてしまう……致しかたない、動けなくなるが体の、いや、脳のリミッターを外して、一瞬で懐に飛び込んで斬る!
私は五年の間に人外じみた技を会得した、というか人外じみた連中が多すぎたので今の領域に自然と至った。
とにかく私は謀略を使わず玲華を助ける覚悟を決めたが、
「うがっ‼」
玲華を人質にしていた男が首から血を流しながら倒れる。それは玲華が相手の首に勢いよく触れた瞬間のことであった。
「……へ?」
素っ頓狂な声を出てしまった。
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