第三五話 充実した日々だった
――小麦を粉にする作業をしていたある日。
「せいっ! とおっ!」
私は庭園で木製の
周りにいる
本当なら
しかし
「ふんっ! ふんっ!」
私は一心不乱に槌を振り続けた。しばらくすると――、
「あれ?」
周りにいた男衆がいなくなっていた。どうやら、皆一か所に集まっているみたいだ。
「なにかあったんですか」
「おお、
男衆の一人が私に反応して、
「石臼じゃないですか!」
「当主様が洛陽の行商人から買ってきてくれたらしいんだ」
広げられた布の上には
「わしとて、黙って皆の作業を見てるわけにはいかぬからな」
と言うのは皆に囲まれている
これで槌を振り下ろさなくて済むかもしれない! いい運動にはなるが同じような作業を続けていると気が狂いそうになる。
――屋敷にある一室で
「うまっ!」
「わっ、びっくりしたぁ」
私は牛の
「こんなんもうビーフバーガー」
「びーふばぁーが?」
下手なことを口走ってしまい、少女は首を傾げている。
「えっと、遥か西の国で今食べているものと似たような食べ物があるとかないとか」
私は視線を泳がせながら誤魔化した。
「そうなんだ。ほんと、何でも知っているんだね」
「あら、ほんとね、すごく美味しい……」
私の言葉に玲華が納得すると、
しかし、食べ過ぎたな……今日は晩御飯いらないかも、などと考えていると廊下から
「入りなさい」
公夫人は凛とした声で襖の外にいる人物に呼び掛ける。
「では失礼! 実は先程のもので試食が終わりなのですが、偶然にも奇妙なものが出来てしまい……それに食べて大丈夫なのかという不安もありまして、田豫殿なら何か知っていると思い持ってきました」
襖を開けてやって来た男性は歯切れが悪い。彼は戸惑い気味に作った
「大きいですね」
「膨らんでいる!」
と言う公夫人と玲華。
二人の言った通り試食品の胡餅が明らかに大きく膨らんでいる。
「これはまさか……
「おお、何か知っているのですか!」
「はい、こうなるまでに至った経緯を説明して下さい」
私は料理人に説明を求めた。どう考えても胡餅が発酵していたからだ。
「確か、厨房室の隅で数日ほど水でこねた小麦粉を放置していたんですよ。余りの忙しさに見落としてしまって、気付いたときには放置していた小麦粉が膨らんでいたので試しに焼いてみたらふっくらとした感じになってて」
なるほど、偶然にも最も簡単な発酵法に至ったようだ。水を混ぜた小麦粉を放置することで中の乳酸菌が自然発酵したのだろう。
「確か、遥か西の国では小麦粉を膨らましたものも食べられていると聞いたことがあります」
とりあえず、西の国という便利な言葉を利用して説明した。
「じゃあ、これは食べ物として売れるのでは?」
「いいえ、このままでは売れません、恐らく菌が繁殖してます。ただ、塩を入れれば菌の繁殖を抑えれますが適切な量が分からないので、そこは
私は料理人に知っている限りのことを話すと、「へぇー」と私以外の三人は感心していた。
――それから充実した日々を送った私は、今日、
私がいなくとも、洛陽から次々と西域の調理具を手に入れるだろうし、発酵技術も発展していき益々、パンに近づいたものが出来るだろう。パン種を使ってなかったり、二次発酵をしていないので二一世紀のパンには程遠い食感には違いないが。
「お世話になりました!」
後ろを振り返り
「約束は守ろう、そちが高家の招聘されていたことを」
「お願いします」
昨日、暇を告げるときに褒美をもらう話になり、売り上げの一部を金銀として家に贈るのと私が高家の手伝いをしていたことを口止めしてもらうのを約束した。ただ、それだけでは恩を返すには物足りないらしくて何か必要なものがあれば後日、手紙で知らせてくれとのことだ。
「田豫君、また会おうね!」
「ええ、玲華もお元気で!」
そう言って、お互いに手を振った後、私は高家から去った。
また、
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