第三四話 田豫と二人の少女

 事業を再開した高家こうけは一日目にして千客万来せんきゃくばんらい。明らかに外食市場がにぎわっていたので、かなりの売り上げが見込める。なお、私は個人的にピンチだった。


「……」


 私は目の前にいる少女二人に対して気まずさを感じながら右頬を右手でいて押し黙っていた。


 夕刻時、私は街にある木柵もくさくで囲まれた空き地のど真ん中に突っ立ていた。杏英あんえいこう玲華れいかを目の前にして。こうして見ると可愛らしい女の子だな、そんなことを考えている場合ではないが。


「お前はあたしの家に肩入れしつつ玲華の家も手助けしている……そうとらえていいのだな」


 杏英は簡潔に私の行為を言い当てた。もはや弁解のしようが無い。ということで――、


「すみませんでしたーーーーー!」


 私は倒れこむように土下座をして額を地面に当てた。


「「…………」」


 何も言葉が返ってこないので顔を上げてチラっと二人の様子を窺うと、彼女らは困惑した表情のまま顔を見合わせていた。


 なんなんだろう、あの謎のアイコンタクトは。


田豫でんよ君、父様とうさまにばれたら大変なことになるんだよ」


「ははーっ! 私が全部悪いんです。ごめんなさい!」


 玲華はしゃがんで声を掛けてくれたが、とりあえず、謝り倒すことにした。


「いや、そうは言ってないんだけど」


 何故か彼女は呆れたように言った。


「この前、バレたら追い出されるって言ってた隠しごとって杏ちゃんの家に策をけんじたこと?」


「は、はい」


 私は玲華の言葉に頷き、


「今年の春頃、杏家の祭事に参加しまして、そこで高家に対抗するための策を採用されたら褒美が貰えるので意気揚々いきようようと案を出しました。ただ、高家の窮地きゅうちを目の当たりにして何とか手助けしたくなって……後は恩を作るという打算的な目論見もくろみもありまして」


 今に至る経緯を全て話した。私の心情も赤裸々せきららにして。


「どっちつかずに愚図ぐずめ」


「うわ、最低」


 グサッ! 杏英と玲華の発言は心に突き刺さった。


 玲華に至っては家を窮地に追い込んでいるので何をされても文句は言えない。最悪、高家に首をねられるかもしれないので、


「もう二度と関わりません! ごめんなさい!」


 私は立ち上がって逃亡することにした。


「え、ちょっと待ってよ!」


「ぐあっ!」


 背を向けて走り出したところ、足首を玲華に掴まれて前のめりに倒れてしまった。


「いてててっ」


 私は立ち上がって強打した額を擦る。


「馬鹿なこと言ってないので明日も家の仕事を手伝うんだよ」


「え? 高当主に私のこと言わないんですか?」


「助けてくれようとしたのは本当でしょ」


 玲華はあれだ、凄く良い子だ。このまま「ありがとうございます!」と言いたいが申し訳ない気持ちも半分ある。


「ですが、私のせいで高家が今の状態になったんですよ。それに助けたくなったのだって、打算的な理由もあるんですよ」


「それでも、あなたが一生懸命わたし達を助けてくれてるのは事実だよ。それに豪族の人達は常日頃から他の勢力に対してはかりごとを練っているんだから、打算を働かせるのは生きるのに必要なことなんだよ」


「……玲華」


「それに杏ちゃんのお父さんが田豫君を利用して父様とうさまめたんだから、高当主こうとうしゅより杏当主あんとうしゅの方が上手だっただけの話だよ。でも……このことが父様にばれたら田豫君はタダじゃ済まないから秘密にしなきゃね。それと、罪悪感があるなら罪滅ぼしだと思って明日も頑張ろ」


 玲華は許してくれるどころか理解まで示してくれた。


「まっ、玲華の親は手のひらの上で踊らされたのだ」


 杏英は玲華の肩に手を置いて辛辣しんらつな言葉を投げかけた。


「ちょっと杏ちゃん、それは酷いよ。杏当主なんか姑息こそく過ぎなんだよ」


「それが豪族というものだと玲華は言ってただろ」


「もしかして武力で勝てないから卑怯な手を使うのかなぁ~」


「な、なにを~!」


 二人の少女は勝手に言い合いを始めていた。でも、険悪な雰囲気ではない。きっとこれが何時ものことなんだろう。いや……それはそれでどうかと思うが、時代のせいにしとこう。


「まぁ、あたしは……」


 少しして杏英は私の方を向いて口を開いた。言いよどんでいるが、どうしたんだろう?


「田豫には行方不明になったときに助けて貰った借りがあるからな。父上には何も言わないでおこう」


「杏英……ありがとうございます」


 なんだかんだこの子もいい子だ。つまり私は助かった! 人生が終了せずに済むぞ! 


 私は無事に高家の仕事を手伝えることに安堵あんどしたのだった。


 ちなみに杏英は勝手に屋敷を抜け出したらしく見覚えのある杏家の侍女に連れていかれた。

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