第三三話 マッチポンプなんかやるべきじゃない

 多くの人が行き交う大通りの端で試食販売を開始してから、どれくらい経ったのだろうか、


「うんめ~」


「もう一口くれよ!」


「えーっと、こちらも商売でやってますので市場の本店にてお買い求めください」


 私の周囲に人が寄ってたかって試食品である一口サイズの胡餅こへいを求めていた。


 素直に感想を言ってくれる人もいるが、ただ、お腹が空いているのか無暗におかわりを要求してくる人もいた。


「ケチかよ、ちぇっ!」


 おかわりを貰えないと分かった人は悪態をいて去って行った。


 なんだあいつ。後ろからドロップキックするぞ。


 更に時間が経った頃。試食品の数が少なくなったので市場に戻って補充することにし、木製の机の上に置いた皿を重ねて、その一番上に余った試食品を載せていると――、


「ん?」


 足元に人影が見える。誰かが横にいるのだろうか。


「すみません。試食品が無くなったので少し場を離れま――」


 横にいる人物を視認すると言葉に詰まってしまった。それもそのはず、


「お前は何をしておるのだ?」


 現在、高家こうけと冷戦状態にある杏家あんけの一人娘、杏英あんえいが居た。非常にまずい! 悪意は無くとも間接的におとしいれた高家を建て直して褒賞を貰うという目論見がバレる!


「あ、あ、杏英こそ、どうしたんですか?」


「え? ここはあたしの地元じゃないか。田豫でんよこそ何で漁陽ぎょよう県にいるのだ?」


 最もな疑問をかれた。雍奴ようど県に住んでいる私がここにいることは杏英からしたら不自然に決まっているのに。どうやら、気が動転してたみたいだ。


 私は気を取り直して口を開き、


「それはですね……あ! それはそうと、これ食べますか? 女の子は甘い物が好きと聞いたのであんが載っているものをおすすめします」


 冷や汗を掻き、思い出したように胡餅こへいすすめた。


「はぐらかすな」


「うっ」


 さすがに不自然過ぎたか。食い気味に指摘されてしまった。


「まぁ……でも、貰う」


 そう言って、杏英はこそばゆそうに餡が載った胡餅こへいを手に取る。やはり、甘い物には目がないらしい。


「はむっ………ん~!」


 杏英が試食品を口に含むと頬に右手を当てて嬉しそうに声を漏らす。


「美味しいのだ」


「はは、それは良かったです」


私は珍しく素直な少女の様子に微笑ましくなった。しかし、それも束の間、


「で、何で高家こうけの仕事の手伝いをしている?」


「⁉」


 ギクリと私は体を強張こわばらせた。


「あはは……、これが高家の新商品ってことを知っていたんですね」


「今、市井しせいで噂になっておるのだ。周りの人々も皆、高家の市場に向かっている」


 もう噂になっているのか。良いことだけど……。私の今の状況はかんばしくない。


 鬱蒼うっそうとした気分になっていると、杏英が居る方向の逆から近づいて来る女の子がいた。


「田豫君。調子はどう?」


 それはこう玲華れいかだった。彼女は杏英を視界に入れると不思議そうな顔をする。


玲華れいかか?」


えいちゃん。どうしてここに?」


 当然、この二人は知り合いなんだろう。なんてたって漁陽ぎょよう郡で幅をかせている二大豪族の直系血族なのだから。


「終わった」


 と私は右手のひらで額を押えて呟く。マッチポンプしていることがバレる。高家と杏家の当主に何て言われるだろうか。打ち首になるかも。


「あたしは田豫を見かけたから、話しかけたのだが」


「知り合いだったの?」


「ま、こいつは父上に気に入れられて一目いちもく置かれておるからな」


 と杏英はそっぽ向いて言う。


「杏当主に……?」


「そうなのだ。で、なんでこいつは高家の仕事を手伝っておるのだ?」


「それは……父様とうさまが田豫を気に入っているからなんだよ」


 そう言って、玲華は私を見つめる。どういうことなのか? とでも言いたい表情をしていた。


「あたし達はともかく、裏でいがみ合っている二つの豪族に気に入れられてるっておかしくないか?」


「うん、おかしぃ」


 じわじわと二人の少女が詰め寄ってきた。転生してから九年近く経った今、私の人生が終了しようとしていた。


「一体どういうこと(なのだ)?」


「ひぇ」


 冷淡な声で尋ねてきた玲華と杏英に対して、私は情けない怯え声を出していた。

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