第一二七話 捨て身の攻撃 田豫対徐晃

「貴殿は何をしようとしている」


 依然、いぶかしげな表情を浮かべる徐晃じょこう


「別に、何もしてねえ……」


 筋力の出力を上げたことで興奮状態になり、口調が荒くなってしまう。


 あいつは俺が左手に剣を持ったまま、両腕を弛緩させているのが気になっているようだ。


 全身の筋力は三倍まで跳ね上げられる。だが、特定の箇所のみに神経を集中させれば四倍に跳ね上げることもできる。


「正直やりたかないが」


 小声で呟いた。


 確実に強化した箇所がしばらく動かなくなる。それはしばらくの戦線離脱を意味する。


 だが、四の五の言ってる場合じゃねえ。


「いくぜ、徐晃」


「!」


 気迫を出して凄むと徐晃は身構えた。


「「…………」」


 対峙する俺と徐晃。


 一陣の風が吹き、足元の草木がなびいたあと、俺達は駆け出した。


「――――!」


 徐晃の斧の間合いに入る。当然、斧は振り落とされる。


 俺は踏み込む右脚の筋力のみを四倍に跳ね上げる!


「速い」


 徐晃は小声で一言言ったあと、斧を振り落とす。


 踏み込んだ足であっという間に距離を詰めたが斧の柄が右肩にぶつかる。


「あがっ!」


 痛みで苦悶の表情を浮かべ、徐晃の目の前で足を止めてしまう。


「ふんっ!」


 次いで徐晃は斧を引くことで肩を斬ろうとしたが、


「なっ⁉」


 彼は初めて動揺したような声色を出す。


 俺は右腕の筋力も四倍に跳ね上げ、柄を掴むことで斧の動きを止めたからだ。


 すかさず私は左手に持った刀で徐晃を突き刺そうとする。


 もはや回避不能の距離。


 相手がとる行動は二つに一つ。


 斧から手を離して後退するか――


「させんっ!」


 ――今のように刀を掴むかだ。


 徐晃は斧から右手を離して刀を素手で掴んでいた。彼の手のひらから血が溢れる。さらに刀の切っ先は彼の腹部に刺さっていた。


 俺は腹部に刀を押し付け、徐晃は斧を引いて右肩を斬ろうとしていた。


 力比べだ。


「「はああああああああああっ」」

 

 互いに眉間にしわを寄せ、気合を吐く。


「ぐっ!」


 俺は苦々しい顔を浮かべる。斧を掴んでいる方の腕は強化しているが刀を持っている方の腕は強化していないので、押し負けて切っ先が徐晃の腹部から離れてしまっていた。


「はっ!」


「ぬっ!」


 俺は右脚で徐晃の傷付いた腹部に前蹴りを食らわそうとすると、徐晃は右脚を上げて防御する。


 衝突する右脚同士。


 右脚の筋力は四倍のままだったため、徐晃は私の蹴りを受けると痛みで顔を歪ませていた。


 だが――――駄目だ、これ以上、こいつと力比べしてたら筋肉そのものが断裂してしまう!


「うぅ」

 

 俺は呻く。


 完全に刀は押し返され、徐晃が反撃に出ようとしたとき、


「火矢かっ!」


 徐晃は顔を上げて、斧を振り上げて後退した。


「はぁ、はぁ、危なかったっ」


 俺は地面に両手をついてうずくまった。


 呼吸を乱しながら前方に落ちていく数多の火矢を見て俺は安堵する。


 さらに火矢は草木に落ちていくと炎の壁を私と徐晃の前に作ってくれた。


「我が君!」


「間に合ったか……斉周さいしゅう


 背後の大声に釣られて後ろを振り向く。


 斉周は弓矢を持たせた歩兵部隊を連れて、私の軍と白波賊はくはぞくの横手から現れる。


「放て!」


 斉周の合図で歩兵部隊は火の付いた矢を賊の方へと放つ。


「下がりやがれぇ!」


 楊奉ようほうは右足を引きずりながら、賊達の下へと向かう。


「徐晃戻って来い!」


 彼は徐晃にも指示を下した。


「はぁ……はぁ……」


 私は右腕を左手で抱えながらなんとか立ち上がる。


「「…………」」


 炎の壁越しに徐晃と視線を合わせた。


 まともに戦って勝てる相手じゃなかった。それでも一瞬だけ渡り合うことはできた。


「貴殿は幾つだ」


「……今年で一四だ」


「その歳で、その強さか、俺も精進せねばならんな」


 そう言って徐晃は斧を担いで背を向けて去る。


「とりあえず、斉周が来るまでの時間稼ぎには成功したかな」


 ふらつきながら斉周の下へと向かった。

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