第一二八話 前線に参加できない状況

 斉周さいしゅうの部隊に火矢を放たれた白波賊はくはぞくはすんなりと退却していった。


 勝機はないと判断したのだろう。


 私は置いてきた弓矢と矢筒、そして持っている刀を斉周に預けた。


「……くっ!」


 私は右脚を引きずりながら歩く。右腕も痛い。


 筋力の出力を四倍に上げたせいだ。


 私は愛馬になんとかよじ登って乗ろうとすると、


「ブルルッ」


 愛馬の『白来はくらい』は私に気を遣ってしゃがんでくれる。


「ありがとう、ございます!」


 足の痛みに耐えながら愛馬にまたがった。


「外傷はないが無理をしたみたいだな」


 お腹に麻製の包帯を巻いた田疇でんちゅうがやってきた。


「そうですね……しばらく戦えない状態です」


 私は左手だけで手綱を持って、右手は使えないことを主張した。


「田疇の方は大丈夫ですか?」


「この通りだ、だが止血さえできれば問題ない」


 田疇は右横のお腹を見せて血が滲んでいる箇所を見せる。


「……あの男強かった」


 次いで彼は真剣な面持ちを見せる。彼は徐晃じょこうに負傷させられている。


 まあ、相手はあの徐晃だし、そりゃ強いに決まっている。


「ええ勝てる気がしませんでした」


「だが田豫は相手に傷を負わせたではないか」


「でもそれが限界でしたよ」


「謙遜はよせ。だがあいつとの戦いで自分に足りないものが分かった」


 意味深なことを言って去って行く田疇。


 彼が足りないものとはなんだろう筋力か? 技術か?


 いや人のことより、まず自分の実力を気にしよう。


 筋力を四倍の出力に上げたところで一騎当千の猛者に手が届く程度だ。それが体全体の強化なら渡り合えたかもしれないが体の一部分を強化したところで焼け石に水だ。別の方向性で強くなることを考えないと。


 私は左足で愛馬のお腹を軽く蹴って走らせる。私達は黄巾賊と戦っているであろう劉備りゅうびの下へと戻った。


 ――――劉備らと交戦していた黄巾賊は関羽が率いた先鋒隊によって蹴散らされていた。なんでも関羽が小方しょうほうを討ち取ったことで戦意を失ったらしくほとんどの黄巾賊が逃げてしまったらしい。


 こうして私と劉備は盧植軍の背後に迫っていた敵を追い払うことができたわけだ。


「ふぅ……」


 今、私は張角ちょうかくがいる広宗こうそう城を囲んでいる盧植ろしょく軍の陣中におり、木箱の上に座っていた。夜も更けて周囲は篝火で照らされていた。皆、幕舎の中で寝ている時間だ。


 ちなみに首からぶら下げた麻製の三角巾に右腕を通していた。


ててて」


 私は右腕の痛みで口元を歪める。


「次の戦いには参加できないな」


 次期に始まるであろう本格的な攻城戦のことを考えてみる。


 そのとき私は前線におらず、後方で軍を支援することになるだろう。なんだかんだ得物を振るわないいくさは始めてかもしれない。


田殿でんどの


「これは関殿かんどの、起きておられたんですね」


 相変わらず鋭い眼光を放っている関羽が歩いてきた。


「うむ、拙者が小方を討った話は聞いたか?」


「聞きましたよ」


「大した相手ではなかったな」


「…………」


 何が言いたいんだろうか。


 とりあえず持ち上げるか!


「私は手こずりましたが関殿かんどのの実力なら難無く討ち取れるでしょう」


「うむ」


 関羽は静かに頷く。この人、謙遜はしないんだな。


「では寝るとしよう」


 関羽は去っていく。


 声色は変わってないが満足そうな顔が目に浮かぶ。


「やれやれ」


 私は呟きながら立ち上がる。


「っ……っ……」


 片足を引きずりながら歩く。


 しばらく満足に動けないな。とにかく今は床に就くとしよう。

 

 それから私は盧植ろしょくのいる幕舎で彼の属官と共に書類作業を行う日々を続けた。

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