第二話 幼いながらも行動した矢先に待っていたのは

 時は一七六年。私は六歳になっていた。やはり子供の頃は体感時間が長いのだろうか。六年の年月が十数年にも感じていた。ちなみに精神年齢が四十を超えだしたのは内緒だ。


「父上、薪です!」


「おお田豫でんよ、すまんな。」


 私は父親に薪を運んでいた。当然、この時代にも冬がある。にしても重い薪だな。


 私が居た時代は産業革命後に多量の二酸化炭素を排出し始め、地球温暖化と呼ばれる現象を引き起こした。二十一世紀には大問題となっていた。その反面、この時代の二酸化炭素濃度は低く越冬がかなり厳しい。その為、冬に備えて燃やす為の薪を集めていたのである。


「しかし、お前は誰に似たんだろうな。全く、良い子じゃ」


「いえ、それほどでも」


「謙遜するんじゃない。もっと自分に誇りを持つのじゃ」


 私は近隣でも聡明で冷静な子だと噂になっていた。赤ん坊の頃を除いて喚いたりする事などなく、両親に甘えたり、癇癪を起こす事が全くなかった。また、言葉を覚えるのが早かった。精神年齢を考えると当然なのだが、そんな事は誰も知るよしもない。というか言える訳がない。


 それにしても、日本人だった私が赤ん坊の頃から、現地の人の言葉を理解できるのが不思議でたまらなかった。この時代に転生する前に聞いた謎の声の主が便宜を図ってくれたのだろうか?


 私は悩んでいるうちに家に辿り着いた。すると母親が出迎えてくれた。


「田豫や、すまないねぇ。今日も商人が捕まらなかったのよ」


「大丈夫です! 母上も私の我儘を聞いてくれてありがとうございます」


「全く他人行儀な子ね。お前さんの初めての我儘だからね、つい張り切ったのよ」


 先日、私は母親に初めて我儘を言ったのだ。この時代でのし上がるには知識が必要だと思い近くに商人が寄ってくれた際に書物の購入をお願いしたのだ。


 三国志に関する知識なら自信はある。この時代の人物、これからの出来事、戦場での経緯と地理情報等は知っている。しかし、さすがにこの時代に好まれて読んだ書物を網羅しているわけではない。将来、戦場に出る事を考えれば最低でも後世で武経七書ぶけいしちしょと呼ばれてる幾つかの兵法書を読む必要もあるし知識人と関わる為に関羽かんうが好んで読んでいた歴史書『春秋左氏伝しゅんじゅうさしでん』など、儒教じゅきょうの経典についても読む必要がある。


 母親が食卓に蒸したお米と漬物を並べた。そういえば、もう晩御飯の時間か。父親はまだ薪割りでもしてるのだろうか。


「さぁ、お食べ」


「はい、いただきます」


「? いただきますってなんだい?」


「あ、いや……おまじないみたいな?」


「聞いた事ないね」


 あはは……しまった。気を付けていても二十一世紀の日本に居た頃の癖は抜けないようだ。私は漬物をゴリゴリと噛んで蒸したお米を掻き込こんだ。満腹中枢を満たす為に必要以上に食べ物を噛んでいた。


 私は食事を終えると一人、部屋に籠って今後の事を考えていた。


(うーん、早い所、行動しないとな。書物も読みたいが、武器の使い方や馬の乗り方を覚えたいし。金銭も溜めないとな。今のうちに色んな経験を積まないとこれから起こる乱世で活躍できない)


 私は思案にふけると無意識に寝転がりながら部屋を何度も往復していた。そして、前世の記憶を思い出す。万年平社員の営業職――当時の私に出来る事はとにかく足で稼ぐ事だった。自分の足りない能力を補う為に人一倍、色んな企業に電話や訪問をして、クビにならない程度に顧客を獲得していた。万歩計を付けて歩いていたら会社で一番歩いていたと言っても過言ではない。


 一つの案に辿り着く。


(私は子供なのだから! 近隣の子供と仲良くなればいいんだ! そして仲良くなった子が共に乱世に飛び込んでくれる戦友になるかもしれないし。偉い人の子供と仲良くなれば将来、資金を援助してくれるかもしれない)


 私は明日、町を練り歩く事にした。


 そして――翌日、何時もの如く両親に作物を売ってお金にしてくれと頼まれたので地元の市場まで出掛けた。私が生まれたのは幽州ゆうしゅう魚陽郡ぎょようぐんにある雍奴県ようどけん。二十一世紀の日本で例えるなら州は地方。郡は県。県は市や町の事である。


「おー、坊主ー」


「お願いします」


 私は作物を載せている木網ごと市場に居るぶっきらぼうな中年男性にあげた。一年前から定期的に作物を売っているので見知った顔である。なんだか、この男性、私が前世で死ぬ前に出会ったゲームショップの店員に似てるような気もしなくもない。


「ほいー、銅銭どうぞー」


「ありがとうございます」


 私は布巾着に銅銭を入れてもらった。にしても銅銭どうぞって……洒落にもならないな。


 私は布巾着を腰に巻き付けて子供がたくさん居そうな場所を探し始めた。まず、子供達が居たらどうやって声を掛けようか。


「おいお前!」


 子供らしく仲間に入れて! でいいんだろうか。


「聞いているのか! 俺を誰だと思っている!」


 なにやら背後が騒がしいので振り向いてみると――短い髪が逆立っている同い年ぐらいの男の子が私に声を掛けていたようだった。そして、その子供の周囲には二人の子供が居た。どうやら短い髪の子の取り巻きのようだ。


 幸運か不幸か、短い髪の子は取り巻きより身なりが良かった。通常の庶民――作物、採石、伐採で生計を立てている家庭の子には見えない。恐らく、役人の子、はたまた裕福な小豪族の子供なのだろうか? しかし――


「やっと気付きやがったか!」


 とても仲良くなれる雰囲気じゃなかった。私は下手に出る。


「あの、私が何かしましたか?」


「光栄に思え。お前もこの程全ていぜんの子分にしてやる」


 な……なにいってんだこの子は‼ 子分だと⁉


 私はガキ大将のような子に絡まれたのであった。

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