第二三話 成果と心残り

 私は屋敷の縁側から足を出して座っていた。眼前には中庭。地面を囲む芝生があり、先程行ったかわやの小屋も見える。


 杏家に招待された人達は狩りに行ったグループと屋敷で賭け事や囲碁をするグループで分かれている。顔仁がんじんが狩りに行ってしまった為、暇になり、私はのんびりと黄昏れている。相手をしてくれる人がいないというわけではない。


 それに先程、ちょっとした舌戦ぜっせんを繰り広げて杏家に一目置いちもくおかれたから大人達に妬まれているのかもしれない。そう考えると勝ち誇った気分なってしまう! はっはっは!


 私はニヤッと笑った。一人で。


 しばらく中庭を眺めていると幾人か屋敷から出てきた。どうやら囲碁や賭け事に飽きた人達らしい。彼らは中庭で余興を始めていた。始めたのは、投壺とうこ撃壌げきじょうというゲームだ。


 投壺は以前、程全ていぜんの家でやったがあるが撃壌は無い。撃壌というのは、くつ(靴)の形に似た木――じょうを地面に立てて、離れた場所から別の壌を投げ当てるというルールだ。


 にしてもこの時代って何かを投げる遊びが流行っている気がする。お手軽という点で好まれているのだろうか? 後漢ごかん末期である今は政治が腐敗してあちらこちらで賊が跋扈ばっこしているから戦いの中で直ぐに出来る遊びが息抜きとなったに違いない。


「……混ぜてもらおうかな」


 と独り言を呟くと誰かが背後から近づいて来た。


「お前一人ぼっちだな」


 杏英あんえいが私の横に座った。そして私の心を抉る事を言っていた。


「きゅ、休憩してるんですよ。さっき、頭を使いましたから」


「そういえば、さっきのお前凄かったな」


「いや~、そんな事ないですよ~」


 私は腕を組んで堂々とした顔で言った。


「顔が全然、謙遜けんそんしていないのだ」


「元々こんな顔ですよ」


「嘘付くな」


 そういえば、杏英って私に対して怒ってた様な気がするんだが……今はもう大丈夫なのかな。


「あの……杏英」


「なんなのだ」


「もう、私に怒ってないのですか?」


「母上が『世の中には色んな趣味を持った男性が居るから。田君でんくんを許してあげてね』と言ってたから、大目に見てやる」


「それは誤解なんですって。色々と、ほら事情が」


 転生して今や中身が四〇代だから美人な張夫人ちょうふじんに少し惹かれたなんて言えないし、言っても信じないだろう。


「言いわけがましい奴め。大人が好きなのだろ?」


 私をジト目で見る杏英。目を合わせると圧力が感じられた。逆の事を言えば倫理的にまずい気がする。だが、言うしかない。


「本当に誤解なんですって。私は…………子供が好きです!」


 精神年齢をかんがみると、今の発言はただの変質者。二一世紀の日本なら通報されるに違いない。


 杏英が疑義的な目をする。


「なんなのだその妙な言い方は? まるで自分が子供じゃないみたいだな」


「そそそ、そんな訳ないじゃないですか!」


 誤魔化すように私は彼女の肩を軽く叩いた。


 杏英の言う通り、言い方がまずかった。「同い年ぐらいの子にしか興味ないですよ」と発言するべきだった。とりあえず話題を変えよう!


「そういえば、私に何か用ですか?」


「別に……暇なのだ、相手をしろ」


 そのとき、背後からドタバタと足音が聞こえた。


「おっほっほ! えいよ、こんな所におったのか」


「父上」


 現れたのは杏鳴あんめいだった。


「度々、娘が世話になっておるの」


「いえ! 私の方こそ杏英にお世話になっていますよ」


 ここぞとばかりに杏鳴に対して謙虚な態度を取り、杏英の顔を立てた。


「いや! あたしの方が世話になっているのだ!」


 何故か杏英が対抗してきた。きっと不公平な事が嫌いなのだろう。


「ふむ。時に英」


「ん?」


「ちみは田豫でんよの事を好いておるのか?」


「……分からぬ」


 分からないってなんだ。彼女はよく私に怒っているが好感度は低くないみたいだ。


「田豫、少しこちらに来ておくれ」


「はい」


 私は杏鳴に呼ばれて、一緒に中庭を歩き始めた。


「英と話すのはいいのだが、あの子は成人したら政略結婚してもらうのである、強大な門閥もんばつを作りあげる為に。ちみはさといから意味が分かるであろう?」


 政略結婚か。この時代では良くあることだ。血統を重視して娘を嫁がせて他の豪族や名士と繋がりを持つ事で杏家の力を強めようとしているのだろう。この時代の女性の成人年齢は確か一五歳だ。七年後、杏英が結婚するかもしれないのか。彼女はどう思っているのだろうか? それともこの事を知らないのかもしれない。


 杏英が可哀想だ。二一世紀の日本から来たから同情心を抱いてしまうだけで杏英自身は何とも思ってないのかもしれない。


 とりあえず、杏鳴が求めている答えを言おう。


「当主殿、分かっています。必要以上に仲良くするなという事ですよね」


「ほっほっほ! 素晴らしい! わしはちみの今後に期待しておるぞ」


 私の頭を軽く叩いた杏鳴。兵士として期待しているのだろうか。チラっと杏英を見ると彼女は複雑そうな表情でこちらを見ていた。もしかしたら父親が何を言ったか察しがついてるのかもしれない。


 その後、大人達が遊んでいる撃壌げきじょうに参加した。私はじょうを投げて何度も地面に立てられたじょうを倒した。今日はかなり調子が良い。長らく遊んでいると狩りに行った顔仁達が帰ってきた。狩りに行った者達は嬉しそうに笑っている。どうやら狩りは上手くいったらしい。


 今回の催しについて総括すると参加して大成功だった。一番注目されていたと言っても過言ではない。故に成果は上々だ。しかし、心残りがある。私が講じた謀略で高家こうけが本当に没落したら、罪悪感しかないということだ。それと、杏鳴の目がある為、杏英と再び会話する事が無かった。そのせいか、最後に見た彼女の表情は何処か寂しげだった。

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