第一一八話 乱勃発から三ヶ月経つので独白してみた

 黄巾の乱勃発から三ヶ月が経過した。


 今に至るまでの状況を整理しようと思う。


 少し遡って乱勃発から二ヶ月後、つまり薊県けいけんを救援してから少し経った頃。


 現皇帝である霊帝れいてい――劉宏りゅうこうが派遣した軍がようやく全国各地に到達した。乱勃発から二ヶ月後に官軍が攻勢にでるのは史実通りだ。そして派遣された人物も史実通りだった。


 派遣されたのは三人の中郎将ちゅうろうしょう。中郎将というのは平たくいえば朝廷の命で各地で起きた反乱を鎮圧するための将軍だ。後漢末期では東、西、南、北の四つの中郎将が設置される。


 左中郎将さちゅうろうしょう皇甫嵩こうほすう右中郎将うちゅうろうしょう朱儁しゅしゅんは黄巾賊の主力が集う、豫洲よしゅう潁川えいせん郡へと派遣された。


 そして私塾時代、時折、勉学を教えてくれた北中郎将ほくちゅうろうしょう盧植ろしょくは黄巾賊の本拠地――つまり張角ちょうかくがいる冀州きしゅうへと派遣された。


 皇甫嵩、朱儁、盧植は後漢末期の名将だ。特に皇甫嵩は二人より軍事面の才能が抜きんでている。とはいえ、三人とも太守たいしゅとなって反乱を鎮圧し続けた経験があるので朱儁も盧植も指揮官としての実力は高い。


 朝廷の動きは前の世界線と変わらない。


 変わったのは私がいる幽州ゆうしゅうだ。黄巾賊を討伐し続けたことで他の地方と違う現象が起きていた。


 次々と黄巾賊を撃ち破ってきたせいか南の冀州から黄巾賊が北上してくることはなくなった。そして数十万にも及ぶ流民が幽州へと流れてきたのだ。


 そしてこれと同じ現象が起きている場所もある。皇族である劉寵りゅうちょう陳王ちんおうとして治める陳国ちんこくも黄巾賊を撃退し続けたことで安全な場所となり、流民が次々と逃げ込んでいた。


 だがそれはくに単位、言わばぐん単位での話だ。それに対して黄巾賊が立ち入らなくなった幽州は大きな地方そのものだ。


 そして、それに連なって私こと田豫でんよ劉備りゅうびの名前は全国的に知れ渡った。本来ならこの時点では無名だった二つの名だ。この乱を生き残れば自ずと私達には相応の地位が与えられるはずだ……生き残ればの話だが。


 ちなみに劉備は没落した皇族として国を憂い旗揚げしたという話が伝聞し、民から尊敬され希望の象徴となった。そして彼は一つの地方を守り抜いた義勇軍を率いていた男として『仁狭烈士じんきょうれっし』の劉備と呼ばれていた。


 私が劉備にいくさに勝つたびに皇族の子孫であることを民に吹聴するように勧めたかいもあったのかもしれない。


 一方、私は相変わらず『黄巾殺し』の田豫という物騒な異名のまま全国に知れ渡ってしまった。


 三人の頭目――張白騎ちょうはくきを謀略によって討ち、張速影ちょうそくえい張雷公ちょうらいこうを武芸によって討ったのが一四歳の少年であったことは衝撃的だったらしい。


 正直、今、挙げた三人より褚燕ちょえいを一騎打ちで討ち取ったことの方が何十倍も凄いことなのだが。褚燕は無名なまま歴史の中に名が埋もれてしまったから仕方ない。


 話は巻き戻り現在、義勇軍達はかつて黄巾賊に占拠されていた広陽郡最南端の県――安次あんじ県の県城けんじょうにいた。薊県を救援したあとの一ケ月、私達は官軍と共に占拠されてた安次県と広陽こうよう県をも救援し、黄巾賊を追い払っていた。それからしばし、安次県で珍しくゆっくりしていた。


でん隊長!」


 私は県城内にある宿舎の一室におり、兵法書を読んでいると戸の外から声をかけられた。


「入ってください」


 戸の外にいる人に呼びかけると勢いよく戸が開かれ、私は兵法書は卓に置く。


「どうもどうも!」


 官軍なのに腰が低い男、周琳しゅうりんがやってきた。以前は参謀殿と呼ばれていたが今は隊長と呼んでいる。義勇兵じゃないのに。彼は官軍として安次県を奪還するときにいくさに参加しており、私と同じくここに駐留していたのだ。


「どうかしました?」


 私は周琳の方へ寄る、彼は手に竹簡ちくかんを持っていた。


「これ、あの劉備って人宛てなんですけど、俺あの人どこにいるか分からなくて」


「私が届けますよ。丁度、この先ここに留まるべきかの話を彼としたいと思ってましたし」


「幽州から出るってことか」


 周琳は少し間の抜けた顔をする。


「ええ、義勇兵は戦わなければならない立場ですからね。ずっとタダ飯を食っているわけにはいきません」


「でも田隊長ならもうずっとここにいても食っていけるって!」


「義勇兵は私と劉備殿が率いているの合わせたら八〇〇〇人はいますからね。全員を食べさせようと思ったら敵を討伐し続けて官軍や民から施しを受けるしかないんですよ」


「世知辛っ!」


 率直なことを言ってきた。


「周琳も義勇兵になりますか?」


 私はおとぼけてみた。


「うーんどうしてもって言うならだけど! でもな……給料出ないしな」


「ですよね。周琳は今の立場を守って生きた方が楽ですよ」


「田隊長が言うならきっとそうだな」


 うんうんと頷く周琳。


 言ってしまえばフリーの傭兵より正規兵の方が安定してお金を稼げる。当たり前の話だ。


 現代風に例えると正社員が安定して一番楽に決まっているということだ。人によって大事なものが違うので一概には言えないが。


 それに周琳も昔からの知り合いだし、下手に危ない橋を渡ってほしくないという思いもある。


「では私は劉備殿のところに行ってきます」


「じゃ、またな!」


 私は竹簡を持って劉備のところに向かったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る