第一〇一話 鉤爪使いの頭目 田豫vs張速影

 迫り来る敵(張速影)を前にしつつも、刹那の瞬間に思考する。


 張速影ちょうそくえい――名前からして速さに自信がある武人か? 黄巾賊の頭目達は名前を自称するし、その可能性が高い。それと問題はあの両手に装備している鉤爪かぎづめだ。


 指の根元で握って、三本の爪が指に沿うように突出しているタイプの鉤爪。あの爪の間に直刀を入れてはいけない、もし直刀を入れれば、捻られて手首を持っていかれる可能性があるからだ。


「どおりゃあ!」


 目の前にいる張速影は体を左右に振って突きを繰り出す。


「っ!」


 繰り出される二連撃、鉤爪の外側に向かって両手に持った直刀をぶつけて攻撃をいなす。


「やりおるっ、な!」


 さらに相手の二連撃をいなすと、張速影は素早くしゃがんで顎に向けて爪を伸ばしてくる。少し虚を突かれた形となったが首を後方に反って回避しつつ、後方へと跳ぶ。


「ぬぅ!」


 張速影は苛立たしさを露わにしていた。


「速いし、攻撃が重い」


 私は呟く。


「ぬふふ、そうだろ。痛い思いをしたくなければ、大人しく首を渡せ」


 私の声が聞こえた張速影は得意気だった。


「でも、予想の範疇です」


「なに!」


 眉間にしわを寄せる張速影。


 ハッキリ言ってしまえば、この前戦った褚燕ちょえんを一回り弱くしたような相手だ。だが、年齢の差……私の体が発展途上なせいで膂力りょりょくに大きな差を感じてしまう。


 筋力の出力を褚燕のときみたいに三倍に上げれば、体が痛む……二倍だな。


「ふぅ……行くぞおおおおおおおおオオッ!」


「⁉」


 溜息交じりに私は脳のリミッターを解除する。私の様子に張速影は目を見開いていた。


 私は振り上げた直刀を踏み込んでから下ろす。


「ぐっ! なんだこの力は⁉」


 張速影は咄嗟に両手の鉤爪を交差させて攻撃を受け止める。


「「っ!」」


 しばらく鍔迫り合いをするが、張速影は耐えきれず、下方に攻撃を受け流しながら後方によろめいていた。その隙を見逃す私ではない、すぐに直刀を振り上げ直しながら距離を詰める。


 体勢が整っていない相手に対しての袈裟けさ斬りからの切り上げ。


 張速影に一撃目を右手の爪で下方に流される。そして、二撃目の切り上げをあえて、右手の爪にぶつけた。


 張速影は右腕を振り上げさせられたうえに手元から鉤爪が弾き飛ばされていた。


「ぐうお!?」


 さらに相手の腹部に左手で掌底打ちをする。すると、張速影は川の中に仰向けで倒れた。


「終わりだ」


 私は止めを刺そうと直刀を突き刺そうとするが、


「クソオオオオオオオオオオ!」


 と、叫ぶ張速影は上体を起こしながら水をかけてきた。


「子供みたいな真似を……!」


 一瞬でも視界が悪くなるのは嫌なので私は体一つ分後退した。


「こんなこと、こんなことはあってはならないんだあ!」


 立ち上がった張速影は勢いよく向かってきた。相手は残った左手の爪で顔を削ごうしてきたので私はカウンターを狙うが――


「なっ⁉」


 ――相手の左手の爪は突如、消えていた。張速影は鉤爪を手の内側に折りたたんでいたのだ。指の根元で握るタイプの鉤爪なので小回りが利くんだ!


 次いで彼は鉤爪を直刀の防御に使って、空いている右手で私の顎を殴ろうとする。いくら肉体を強化しているとはいえ、この拳を顎に受ければ、意識が揺らぐ。それは避けたい。


 舐めていた。誰かと比較して、そいつより弱いと判断した時点で慢心していた。すまない張速影、謝罪とその強さを称えてもう私は……俺は遠慮しない。


 筋力の出力を三倍に。


 全身の神経がより鋭敏になる感覚に陥る。


「ぐっ!」


 俺は相手の右ストレートを顔面で受けながら、顔を反らして衝撃を逃す。意識は飛んでいない! そのまま受け止められていた直刀を相手の体に向かって切り返す!


 張速影はこれはまずい、という顔で後方に跳ぼうとする。


 逃がさねえ! 今ここで殺す!


 全力の踏み込みで、全力の一撃を放つ!


 張速影に追いついた私は両手に持った直刀で左肩を斬って、そのまま体全体を裂いた。


「グオオオオオオオオッ――――!」


 響き渡る張速影の断末魔。周囲で義勇兵と交戦していた賊達は思わず手を止めていた。


「はぁ……はぁ……」


 息を切らしながら、川の中で四つん這いになった張速影を見下ろし、


「お前は強かった。少し判断を間違えれば死んでたのは俺の方だったよ」


 素直に相手を賞賛する。


 すると、張速影は顔を上げる。


「……減らず口を叩きやがって、まっ、悪い気はしないがな……あばよ、クソガキ」


 そう言ったきり、張速影は体を川の中に預けてしまった。俺は彼の体から溢れる赤い液体が川を染めるのを眺めていた。

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