第一〇二話 張雷公を追う

 義勇兵達は黄巾賊の頭目が討たれたと知るやいなや、湧き立っていた。


「「「おおおおおおおおおおおお!」」」


田豫でんよ良くやった!」


「助太刀しようと思ってたけど怖くて近づかなかったぜ!」


 一回り年齢が上の義勇兵達が頭や肩を小突いてくる。


 なお、この場にいる黄巾賊は逃げる気も失って降参していた。とりあえず、川方向に逃げた黄巾賊は無力化できたようだ。


「ふぅ……」


 小突かれながら息を整える。筋力のリミッターを解除してたせいで未だ興奮状態だったからだ。


「敵の大将を討ったんだね! さすが田兄でんにい!」


 呼雪こせつも私に賛辞を送ってくれる。


「まだ油断はできない、さっさと敵のもう一つの部隊を追うぞ。元々、張雷公ちょうらいこうの奴を殺すために来たんだ、ゆっくりしてらんねえよ。皆には悪いがもう一働きしてくれ。数十人だけ俺に付いてこい、残りは降参した賊を見張っててくれ」


 興奮冷めやらぬまま、『白来はくらい』にまたがりながら早口で命令をした。


「お、おう!」


「気合入ってんな……」


 義勇兵達は俺の変化に戸惑いながらすぐに仕事に取りかかる。


「田兄、本気出したんだね」


 呼雪は筋力のリミッター解除を理論的には理解していないが、俺がいつも以上の力を発揮するときは興奮状態になるのを知っている。


「そんなところだ……徐々にいつも通りに戻るから安心してくれ」


「そんなにこの人強かったの?」


 呼雪は弓矢で張速影ちょうそくえいの遺体を差す。


「ええ、とっても強かった、です」


 そう言って、私は遺体を一瞥いちべつする。


 それから呼雪含む騎兵達と共に平野の方に逃げた黄巾賊を追跡し始めた。


 川にいた部隊が張速影の一団だということは後方に真っすぐ敗走した一団は張雷公が率いているということになる。


「――――閻柔えんじゅう?」


 兵を率いて移動していると数人の兵を連れた閻柔が真向かいからやってきた。


「田豫! そっちの状況はどうなったんだ! おいらの助けは必要か⁉」


 閻柔は遠くから大声を出す。


「すでに無力化しました! それより、平野に逃げた方の部隊はどうなっているんですか!」


「散り散りになってこっちに戻って来てる!」


「え? なんで……?」


 自爆覚悟の特攻か?


 私は手で兵達に止まるよう指示し、閻柔が目の前まで来るのを待ってから口を開く。


「なんで敵が戻って来てるんですか?」


「あれ⁉ てっきり田豫の作戦のおかげかと思ったんだけどな」


「つまり、敵が戻ってくるようなことが起きたんですね」


 私は思案顔で問い質すと、閻柔は後頭部を掻きながら応じる。


「敵が逃げた先に数百人ぐらい兵が現れて黄巾賊を追い始めたんだ。黄色い頭巾も被ってなくて、『田』って書かれた旗印掲げてるからてっきり田豫が秘密裏に伏兵を潜ませたのかと……でも、田豫が知らないなら、むしろ納得した! だってよ、こんな開けた場所で数百人もの人間を敵の後方に忍ばせるなんて無理があるもんな」


「ええ、その通りです」


 となると、私達に同調してくれた民衆か? とにかく助かった!


「完全に敵の逃げ場は無くなりましたね。踏ん張りどころです! 行きましょう!」


「おう!」


 私は閻柔と彼が連れていた兵を加えて、敵が逃げた先へと向かった。


 ここでもう一人の小方しょうほうである張雷公を討てば、官軍が本格的に動き出す前に黄巾賊の頭目を三人も討った衝撃が伝わるはずだ。いや、もうすでに二人討った時点で衝撃的なのかもしれないが。一万人の敵に対して三〇〇〇人で突っ込むという危険を冒した分、より大きな成果が欲しい!

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