第一〇三話 地平食らう一本の矢
私達は散り散りになって逃げたという敵を馬に乗って追撃し始めた。
「あれは……
距離は離れているが横手にある川へと向かって敗走している黄巾賊が数人いたので私達は足を止める。幸い
彼の姿は特徴的で顎から頬にかけてもじゃもじゃの髭で覆われている。忘れるわけがない。
「
閻柔の話では張雷公の一団が逃げた先で田の旗印を掲げて挟撃してくれた人達らしい。
存在が謎過ぎる味方である。
「どうするの?」
「このまま張雷公を追います」
私の言葉に義勇兵一同は頷き、追撃を再開した。
当然、同じ敵を追っているので謎の味方達と集結する。そもそも、謎の味方達も徒で移動していたので馬に乗っている私達はすぐに追いついた。
「おお! あんさんは!」
すると、閻柔は笑みを浮かべた。それもそのはず、謎の味方達の先頭を走っているのは――
「久しぶりだな……田豫、閻柔」
旧友である
「田疇! お久しぶりです!」
田疇に駆け寄って、馬の上から手を伸ばして握手を交わすと、彼はニヤリと口端を吊り上げた。彼も再会を喜んでいるようだ。
「おいらもおいらも」
私に続いて閻柔も田疇と握手した。
「積もる話や聞きたいことはありますが今は……」
「分かっている。今は黄巾賊を追うんだ」
田疇は私の意図を汲み取った、そのとき、
「
義勇兵の声で私はサッと前方にいる敵に目を向ける。
「あれは馬!?」
ついつい、声を上げてしまった。
あろうことか、いつの間にか張雷公含む三人が馬に乗っていた。敵に騎兵の姿はなかった。つまり、あの馬は私達の馬だ。
「あの馬、乱戦の中で
「このままでは遠くへ逃げられる!」
状況を即座に把握する閻柔と田疇。
分かっている! ここですべきことは一つだ。
「皆さん止まってください!」
私は進軍を停止させると、馬から飛び降りて地面を転がり、皆の前に立つ。
「なにをするつもりだ」
背中越しに困惑した田疇の声を聞きつつ私は片膝をついて弓を構える。敵の様子を確認すると、張雷公の背中を守るように二人の賊が張雷公の後ろを走っていた。
「はい、
「ありがとうございます」
私が何をするのかが分かった呼雪が隣まで来て矢を二本差し出してくれたので、私は手元をみずに矢を受け取る。
そして、
「「「っ⁉」」」
息を呑む声が背後から聞こえる。それもそのはず、私は弓を横にして矢を二本
私は目をカッと開き、前方を見据える。
もはや前方の黄巾賊以外の視界情報を入れない。
指先まで神経を尖らせ、射線が山なりになるように構える。
張雷公の後ろにいる二人の賊の距離は〇・二里(八〇メートル)。
「ハッ‼」
私は息を吐いて二本の矢を山なりに放つ。
放物線状に射る曲線では完全武装した敵相手には殺傷能力はない。だが、相手は防具を身に付けていない。
「「「おおおお!!」」」
義勇兵達の歓声が耳に届くと同時に張雷公の背後を走っていた賊はバタリと馬から落ちた。上半身に矢が当たっていたのだ。
それに敵が横に並んでいてくれて助かった。敵が横に並んでいたからこそ、矢を二本同時に放って当てることができた。
「上手くいったが、敵の大将に当てるには厳しいぞ」
田疇の声が聞こえる。
確かに厳しい、張雷公は黄巾賊の頭目だけあって
だから――俺は常人を越える!
「制限解除、筋力の出力を三倍」
俺が呟くと、隣にいる呼雪の体が動いて反応した様子を見せる。
『ひいいいい!』
声は聞こえないが肩越しにこちらを見る張雷公は怯えているように見えた。その間に俺は無言で呼雪に手を差し伸ばして一本の矢を受け取り、すううううと息を吐いたあと、
「穿てえええええええええええ!」
全力で弦を引き絞る。もうこれで弓が壊れてもいいという意気込みで力を行使し、矢を放った。
『グアッ!?』
さっき射た黄巾賊より遠くに張雷公がいるにも関わらず、矢は空気を切り裂くようにほぼ水平に飛んでいき彼の首を撃ち抜いた。
「はぁ……はぁ……」
俺は額の汗を拭い、馬の上にだらんと横たわった張雷公を見据えながら立つ。
上手くいった、自分でも信じられないぐらいに。
思わず呆然としていると、
「「「……おお」」」
感嘆の声が聞こえてきたので後ろを振り向く。
「「「おおおおおおおおおおおおお!」」」
その声は大音量となる。
「す、すげえぞ!」
「頭目を二人も討ち取りやがったぞ!」
「官軍も誰も黄巾賊の頭目を討ってないんだぞ」
義勇兵達は盛り上がっていた。
「田兄! すごい、すごい!」
横にいる呼雪を見下ろすと尊敬と羨望の眼差しを送ってくれる。
やりきったんだ……俺は!
拳をギュっと握って振り上げる。
「勝ち
「「「ぬおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」
皆、俺の合図でより一層盛り上がる。
後日、此度の
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